▼ 一目惚れ

1学年10クラス×3。1クラス40人としても、えーっと……大体1000人以上の男が、高等部内だけでもひしめき合っていることになる。むさ苦しいにもほどがあるってな話だけど、だから全員を把握するなんてどだい無理なわけで、初等部からこの学園にいたって普通に知らない顔はたくさんいる。それでも行動範囲や時間帯ってのは生活していくうちにそれぞれある程度固まっていくもんだから、例えば食堂なんか行っても周りのテーブルに座ってんのは大体いつも同じ顔ばかりだ。

だけどその日は少し違った。

右隣のテーブルも通路を挟んで左隣のテーブルも、ついでにどこを見てもいつもと違う顔や知らない顔が並んでる。なぜならもっちゃんとケーゴが待ち合わせに遅れて来たせいで、普段より30分かそこら遅い時間だからだ。なんで遅れたのかって言うと、多分部屋でにゃんにゃんでもしてたんだと思う。だってケーゴの首に新しいキスマークがついてるから。しかもちょっと眠そうな顔してるから。
それなのに2人とも髪はばっちり盛ってあって、俺とヨッシーは腹をすかして待ってたってのになかなかひどい話だ。しかもその2人は、今も目の前でどっか遠くを眺めながらイチャイチャしてる。

「おっ、書記が親衛隊にちゅーしてんぞ」
「わーお、やるう。お盛んだね!」
「俺らもしちゃう?」
「しちゃうか! うひひ」

うひひじゃねーよ、と呆れた声で悪態をついたヨッシーに、俺は同意を示すためにうんうんと頷いた。
俺はしばらく付き合ってた凛ちゃんって子と2週間前に別れたばかりの独り身で、ヨッシーには比呂くんという彼氏がいるけど現在喧嘩中。だから目の前でナチュラルにイチャつく仲良し2人組は目の毒すぎる。
でも俺は大人だからわざわざ文句言ったりなんかせずに、もっちゃんが一応お詫びのつもりなのか奢ってくれたトマトとキノコの冷製スパなんつうもんをもくもくと食していたわけだ。

だけど、それは突然起こった。

何かの拍子に顔を上げた瞬間、もっちゃんとケーゴの後ろ、テーブルをいくつか挟んだ先にこっちを向いて座ってた1人の男と目が合ったのだ。
短めの黒髪にちょっと強面気味だけど真面目そうな顔、体格は脱いだらわりと良さそうな感じ。
そいつも例によって今まで見たことがない男で、だけど目が合った瞬間から目を離せなくなった。電流が走るとかびびっとくるとかよく聞くけどそういうんじゃなくて、ただなんつうか、「あーやばい」って感じ。

無意識のうちに小さく声に出てたのか、隣で無心で天丼をかきこんでいたヨッシーが目ざとく気がついた。「どした?」って不思議そうに聞かれて、だけどそいつと目がばっちり合ってたから視線は動かさないまま答える。

「ヨッシーさあ、一目惚れってあると思う?」
「はあ? いきなり何言ってんの?」
「やべえわ。マジでやべえ」

胸がきゅんとなるとかそんな甘い感じじゃなかった。どっちかって言うと、欲しいとかヤりたいとかいう、もっと即物的な感じ。
だけど体だけじゃなくてそいつの心ごと全部欲しかったから、セフレにしたいとかそういうんじゃなくて一目惚れなんだと思う。
そんで、何でだか分からないけどそいつも同じことを思ってるっていうのが俺には分かった。運命だって言ったら背筋がむず痒くなるけど、多分そういう言葉がぴったり来る。

「……タカ大丈夫? 独り身寂しすぎて頭おかしくなっちゃった?」
「ちげーよ、失礼な。俺先行くわ」
「は? おいおい一体どこへ?」
「ごめん、皿片付けといてー」

相変わらずそいつの視線は俺に固定されてた。見つめ返したまま、むしろ睨みつけるくらいの勢いで見つめながら立ち上がると、ほとんど同時にそいつも席を立つ。
それでやっぱり相手も同じことを考えてるんだと思って、俺はすっかり嬉しくなった。感情のままに口元を引き上げると、かすかに目を細めて笑い返される。

「は? え? 何? 相手そいつ? つうか誰?え、初対面? 何なのそのアイコンタクト!」

騒ぐヨッシーやぽかんとしながら俺を見上げるもっちゃん&ケーゴに構う余裕はもうなかった。あっちのテーブルも概ね同じような反応をしてるけど、そいつも気にした様子はない。もはや俺とそいつの世界には、俺達2人しかいなかった。





寮の部屋までなんて待ちきれなかった。食堂の出口のとこにあるトイレにどちらからともなく入って、個室にもつれこむように入って、いきなりキス。後ろ手に鍵をしめたそいつの手が俺の腰に回って、その流れで俺はそいつの肩の辺りに腕を回した。

笑えるくらいに、お互いものすごくガツガツしていたキスだった。厚めの唇が押し付けられてきた瞬間頭がくらっとするほど気持ち良くて、すぐに夢中になった。
そいつもそいつで、俺の舌にくっついたピアスが気に入ったみたいで、俺に舌出させてそれを覗き込んで目を丸くし、かと思ったらそのまま空中で舌絡ませてそこを重点的にくじってくる。
なんかナチュラルにやらしい、こいつ。

舐めて、絡めて、吸って、擦り合わせて、噛み付いて。痛いくらいに唇も舌もじんじん痺れだしてから、ようやく少しだけ顔を離した。2人ともすっかり肩で息をしてて、だけど閉じていた目を開けて視線を合わせるとまたどちらからともなく唇を触れさせる。息が荒いまんまつい笑いをこぼすと、そいつは俺の唇をゆるゆると舐めながらまた少し、顔を離した。

「はは、なんかすげえ……」
「……ああ」
「俺こんなん初めて。アンタの名前も知らないのに」
「俺も」
「繋がってる感じ、した?」

俺だけじゃないってのは分かってたけど、返事を待つ間ちょっと緊張した。だけどそいつはやっぱり頷いて、話している間中繰り返していた触れるだけのキスをもう一度落としてくれた。

「した。俺はお前が欲しいし、お前もそうだろ」
「ん……」
「お前が俺の気持ち見抜いてんのも分かってた」
「うん……やっぱすげえ」
「名前教えて」
「貴史。早川貴史」
「たかし、な。俺は冴木辰巳」
「……たつみ」

今更自己紹介なんて順番が逆にも程がある。
飽きもせずにキスを繰り返しながら笑うと、辰巳も俺を狭い個室の壁に押さえつけたまま目を細めた。
ぱっと見怖そうな顔なのに、目元を緩めたその笑顔は優しげで、なんだか可愛かった。

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