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 切羽詰まったような必死な、けれど甘ったるい熱のこもった目。かすかに潤んで揺れる視界の中でそれを見つめながら、ぼんやりと思った。ああこいつ、こんな顔でキスするのか、と。
 生まれた時から一緒にいて、笑った顔も泣いた顔も怒った顔も、聡介の表情は一通り全部見てきたつもりでいた。だが、最早親よりも聡介のことを知っているつもりだった俺でさえ、この顔は見たことがなかった。俺の知らない、「男」としての顔。そう思った時急に胸が締め付けられたような気がした。より正確に言うなら、……いや、あえて言葉にするとどうも良くないような気がするからやめておこう。
 だが、少しぼかして言うとすれば正直ほだされかけたというか、つまり結局俺は実感したのだ。聡介に恋愛感情を向けられているという事実を、ようやく。





 ……などと言ってはみたものの。
 念願叶って(というのも微妙な表現だが)ネコを試してみた俺の感想はと言えば結局、「死ぬかと思った」、これに尽きる。
 今更誤魔化しようもないから確かに気持ち良かったのは認めるが、タチより運動量が少ないのに不公平だなどと言ったことは全面的に撤回する。全身バッキバキに痛いし体力は根こそぎ吸い取られたような気もするし、疲労困憊もいいところだ。
 もしかしたらこれは俺が初めてだからであって慣れればそうでもないのかもしれないが、確かめる気にもならない。金輪際ネコはごめんだ。やっぱり俺はせこせこ腰を振りスッキリして、あー今日もがんばったなー疲れたーと眠りにつく方がいい。
 疲れ果てぐったりしながらそんなことをつらつら考えていた俺の体を拭いたり冷たい水を持ってきて飲ませたり俺を寝かせたまま器用にシーツを替えたり部屋の窓を開けて換気をしたり、なんやかんや甲斐甲斐しく動いた聡介は、最終的に俺の隣に潜り込んできた。猛烈な睡魔に襲われつつもお前も寝んの? と尋ねれば、それには返事をしないままちゅっと頬に唇を押しつけてくる。
「柾くん柾くん」
「あー……なに……」
「好きだよ」
「んー……」
「柾くんは? 僕のこと好き?」
「んー……?」
「ねえってば、柾くーん」
 眠さに任せて適当に唸るだけの返事を繰り返していたら、抱きつかれたうえ耳やら首筋やらにじゃれるように軽く噛み付かれた。確かに最中は心を揺さぶられはしたが、いかんせん既に賢者モードなので睡眠欲の圧勝である。
「うるせえ寝かせろ」
「えーもう寝ちゃうの? もうちょっといちゃいちゃしようよ」
「いやもう十分だろ……」
「十分じゃないよ! というか後でちゃんと話聞いてくれるって言ったでしょ」
「あー……?」
 言ったっけ。いや、そういえば確かにそんなことも言ったか。
「あー分かった分かった。起きたらな」
「えー? 本当に?」
「うんうん、ほんとほんと」
「なんか嘘くさいんだけど。このままはぐらかす気なんじゃないの?」
「だから本当だって」
「じゃあ起きたら僕と付き合ってくれる?」
 付き合う? 俺が? 聡介と?
「……」
「付き合ってくれるよね?」
「……」
「柾くん?」
 俺と聡介が所謂恋仲になってきゃっきゃしたりイチャイチャしたりあはんうふんしたりするところなんて全く想像できない。いや確かにたった今セックスはしたがそれは何というかまあ事故みたいなものであって。
 聡介を恋愛感情で好きになって愛し合ってと考えると、いやいやそれはないだろ、としか思えない。
 が、実際にいやいやそれはないだろと笑い飛ばしてしまうのはさすがに人としてどうかとも思う。別に俺だって聡介を傷つけたいわけではないし、だがかと言っていいよじゃあお付き合いしましょうよと言うのも憚られるし。
 と心中ぐるぐる悩んだ俺は、結局結論を先延ばしにし、ごろんと寝返りをうって聡介に背を向け、寝たふりを決行することにした。
「……ぐう」
「えっちょっと!」
「ぐーぐー」
「柾くんってば!」
 ふくれた顔が目に浮かぶが、全部きれいに無視して目を閉じる。聡介はしばらく背後でぶうぶう言っていたが、少しすると黙り込んだ。訪れた静寂に、内心胸を撫で下ろす。ようやく諦めたのかと思ったからだ。
 しかしそのままうとうとしかけていると、再び聡介の腕が伸びてきた気配を感じた。だが今度は俺を起こそうとしたわけではないらしく、あくまでもそっと俺を抱きしめてくる。それならば別に邪魔ではないし、そもそも聡介が俺のベッドに潜り込んでくることなんて珍しいことでもないからむしろ慣れきった体温には安心感を覚えるほどだ。だから今度はその手を振り払わずに甘んじて受け入れていたのだが、
「あーあ、長期戦か。本当に昔から往生際が悪いからなあ。どうせいつも結局はほだされて受け入れてくれるのに」
 独り言のような背後の呟きにたらりと冷や汗が流れたのを感じた。確かに言われてみればそうだ、例えば祖父母や親戚から俺だけもらった玩具を聡介が欲しがって泣いた時然り、頻繁ではないがごくまれに見たい映画や食べたいものが全然別ジャンルだった時然り、最初は抵抗しても俺は最後には聡介の意見を受け入れてしまう。
 ということはこうして今抵抗していても、いつかは仕方ねえなあと言いながら聡介と付き合いだしてしまうのだろうか。
「……」
 さすがに玩具と恋愛はまた別だろうとは思う。だが、こうやって聡介とに抱きしめられて寝ることを受け入れている時点でちょっとまずいのでは? とも思ってしまう。確かに昔からの習慣と言ってしまえばそうなのだが、いや待てよ聡介は小学生の頃から俺のことが好きだったわけで、だとすればこの状況はいずれは俺が根負けすることを見越した聡介の思惑通りなのか?
「もう寝ちゃった?」
「…………」
 囁かれた質問に反応しないままでいたら、不意にそっと、首元に柔らかい唇が押し当てられた。その感触に背筋がそわりとして、体がぎしりと固まる。それに気づいたのかどうなのか、聡介の腕の力が少しだけ強くなった。いつの間にか「男」に成長していたその腕に抱きしめられながら俺は、やべえやべえどうしようと内心繰り返しながら、今度こそ眠りについたのだった。


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