▼ 16

狼の部屋に入るのは実に3年ぶりだった。
煙草と香水の混ざった香りに、ふと懐かしさを感じる。
が、狼と羊くんと3人でベッドに座っている状況では、さすがに落ち着いて感傷に浸ることはできなかった。

「まあ、あれだ」

内心どうしていいか分からず居た堪れない気持ちになっていたら、沈黙を破るように狼が口を開いた。

「ちゃんと優しくするから」

視線を合わせたまま、ゆっくり狼の顔が近づいてくる。
固まったまま見つめ返していると、一瞬軽く、唇を重ねるだけのキスをされた。

「泰之」
「……」
「大丈夫だから。目閉じろ」
「うん……」

言われるがまま目を閉じた。
肩に置かれていた手が、ゆっくり首筋に移動して来る。
指の腹でうなじをなぞられる。
背筋がぞくりと震えて、思わず吐息をもらすと、もう一度唇を塞がれた。

こんなキスを狼にされるのは初めてだった。
ゆっくりした動きで、じわじわと熱を高めるような。
おそらく気を遣ってくれているんだろう、
そう思うと嬉しくもあるけれど寂しくもあり、狼の欲望をそのまま受け止めきれない罪悪感というか不甲斐なさも感じてしまう。
なんとなく心細くなって狼の腰の辺り、シャツの裾を握りしめると、背中をなぞって腰まで手が下りてきた。

「狼」
「ん?」

そっと目を開ける。
僕を見つめる両目が、熱を孕んでいる。

「千紘」

名前を呼んだ瞬間、ふと泣きたくなった。
蓋をしていた感情が全て一気に放出されたようだった。

舌を出して、狼の薄い唇を舐める。
少しかさついた感触。
応えるように、真っ赤な舌が差し出される。
いつかと同じ、煙草の苦い味。

「っ……」

上がりそうになった声を堪えたのは、腰に回された手に不意に力が入ったからだ。
反射的に肩がすくむ。
おそらくそれに気づいたのだろう、狼の手がすっと離れていく。
つい目で追いかけると、その手が羊くんを乱暴に引き寄せるのが見えた。
余計に体がすくみ、触れ合っていた唇が離れる。
右手の乱暴さが嘘のように、左手はそっと僕の頭を抱き寄せる。
視界をずらされ、狼の首筋しか見えなくなる。

「怯えんな」

ひそめられた声が耳元に落ちる。
小さく頷く。
けれど心臓はうるさく騒いでいた。
怖くない。そう思いたいけれど、やっぱり怖い。

もう一度名前を呼んだ。
僕の声は予想以上に震えていた。
唇を噛む。
目を閉じた時、左手の指先をそっと握られる温かい感触がした。
すがるように握り返すと、指を絡めるように握り直される。

「大丈夫ですよ」

そう言った羊くんの声があまりにも優しかったから、不意に緊張がほどけた。
目を開ける。
左手に視線を動かすと、羊くんのほっそりした白い指が僕の手を包み込んでくれていた。
僕の頭上で、狼が小さく息を吐く。

「もう一回」

ねだられて、顔を上げた。
細い眉を下げた狼の顔も、どこか心細そうに見えた。
唇を押し当てる。
そっと離れていこうとした羊くんの手を思わず追いかけると、そのままそこに留まってくれた。

狼の舌は、今度も優しかった。
唇を舐められて、口の中を撫でられて、舌をくすぐられて、
不意に離れたかと思うと僕の首筋に触れた。
体がぴくりと跳ねる。
今度は怖かったからではなかった。
唇を結んで、息をひそめる。
僕の左手は、ひとりでに羊くんに縋る。
もう一度腰に戻ってきた狼の手は、今度はゆっくりと服の中に入りこみ、皮膚を直接くすぐった。

「あ、……っ」

堪えきれなかった僕の吐息が、静かな部屋に響く。
恥ずかしくなって狼の肩に顔をうずめると、控えめな力で抱き寄せられた。
首筋を一瞬だけ、やわらかく甘噛みされる。
はあ、と一つ熱いため息。
続けて狼は、小さく唸った。

「おい、羊」
「はい……?」

小さく答える羊くんの声はどことなく上擦っていた。
狼と羊くんの間に何が行われているかは見えない。
けれどきっと、何かは行われているんだろう。左手にこっそり力をこめる。
宥めるように、指先が僕の手を撫でてくれる。

「お前は聞くな。耳塞いどけ」

えっ、と戸惑ったような声をもらした羊くんは、それからかすかに笑ったようだった。

「おれのことは空気と思ってくださいよ」
「空気にも聞かせたくねェんだよ。分かんだろ」
「そりゃまあ確かに、よく分かりますけど」

ふふ、と羊くんが笑い声を上げる。
2人の軽口のおかげで、空気が少し和らいだような気がした。
だからベッドに押し倒された時も、恐怖感はなかった。

狼の左手が僕の腹のあたりを撫でる。
シャツのボタンを外されていく感触に、むずむずするような緊張がこみあげた。
そのまま脱がされると、勝手に息が上がりそうになる。
さすがに恥ずかしくて、右腕を上げて口元を押さえた。
それでも狼の唇と舌が肌を直接辿りだすと、どうしようもなくなった。

「っ、待って、なんか、」
「どうした、怖いのか」
「ちが、っ、ぁ、っ……」

顔を背け、シャツに歯を立てる。
今まで先輩以外にも何人かと寝たことはあった。
けれど、こんな感覚は初めてだった。
責められる立場が初めてだからなのか。
それとも相手が狼だからなのだろうか。

触れられる度、体が小さく跳ねる。
熱い舌が乳首を掠め出すと、もう声も抑えきれなくなった。
堪らず左手に力をこめる。
舌先で突かれて、先端を舐められて、唇に挟まれて、吸い上げられて、

不意に狼が、くそ、と小さく唸った。

「その声、あいつに聞かせてねえだろうな」
「あいつ……?」

ぼんやりと繰り返して、それから首を横に振る。

「て、ない……だって、こんな、初めて」
「あークソ、堪んねェ」

がばりと身を起こした狼が、頭上でまた羊くんを引き寄せた。
視界の外だったから何をしているかは見えない。
けれど、枕元の方で、羊くんのなまめかしい喘ぎ声が上がった。
思わず体をひねって見上げようとして、寸前で羊くんの手に目を塞がれた。

「見ないで……」

押し殺すような囁き。
ぞわりと背筋が震えた。
恐怖なのか、興奮なのか、自分でももうよく分からない。
左手はまだ羊くんに握られたまま、右手を伸ばして縋るものを探す。
触れたのはおそらく、僕の体をまたぐ狼の太腿。
添えるように手を乗せる。
と、唇に柔らかいキスが降ってきた。

「泰之」
「ん……」

右手を握られる感触。
羊くんとは違う、もっと筋張った指。
絡めるように繋がれて、誘導された先。
硬く張り詰めたものが何かなんて、視界を塞がれていても分からないはずがなかった。

「なあ、触って」

キスの合間、ねだられるがままに形をなぞる。
服の上からでも体温を感じるような気がして、つられて僕の熱も上がる。
手探りで辿った先、服の入り口から、指先を滑りこませる。
ざらついた毛の感触。
それから、つるりとなめらかな先端の熱さ。

僕の口内で、狼が小さく息を吐く。
視界を塞いでいた羊くんの手がそっと離れていく。
目を開くと何かを堪えるように寄せられている狼の細い眉根が見えて、胸がじんわりと疼く。
熱を持ったものをそっと握りこむと同時、狼の手が僕のそれを同じように服の上からなぞった。
堪えきれなかった声が、狼の口内に消える。
下着ごとずり下げられ、引きずり出された僕のそれに、狼の硬いものが寄せられる。
僕の手に添えるように、まとめて握り込まれて、直接熱いものが触れる。

「ん、あ、あ……っ」

熱い、気持ちいい、息ができない。
苦しくなってキスから逃げると、狼の舌が今度は僕の耳たぶをなぞる。
鼓膜で増幅されるひそやかな水音に、肌が粟立つ。
左手にますます力をこめてしまう。
羊くんの手は痛くないだろうか、そう思うのに、ちっとも弱められない。

「は、ぁ、もう……」
「イきそう?」
「っ、ん、イく、……っ!」

さすがに早すぎる。
と思ったけれど、もう限界だった。
どろりと吐き出した精が、まだ硬いままの狼のものを汚す。
ごめん、と俯くと、狼は小さく笑った。

「謝ることじゃねえだろ」
「ん……」
「それより、もうちょっと頑張れるか」
「え?」

体勢を変えた狼が、力の抜けた僕の足を割り開く。
くたりと萎えたものをもう一度ゆるく撫でられれば腰が震えて、
それからその下、奥の方へ狼の手が滑りこんできた。

「待っ……」

上げかけた声はまた、狼の口内に吸い込まれた。
一旦おさまったはずの熱が、またじわじわと呼びさまされる。
わずかなぬめりをまとった指に、皮膚と粘膜の境目を撫でられる。
堪らず身をよじれば、抑え込むように体重をかけられた。

「……っ、あ」

濡れた右手で、狼の腕を掴む。
一旦離れた指が、今度はひんやりとした液体をまとって帰ってきた。
指先が、じわりと体内に潜り込む。
思わず噛み締めた唇がぴりっと痛んで眉を寄せると、そこを宥めるように柔らかい舌先で撫でられた。

「噛むな」

狼の声が、耳をすり抜ける。
返事をしないと、そう思うのに言葉が出ない。
髪を優しく撫でられる感触。
多分、これは羊くんの手だろう。

「大丈夫ですよ。ゆっくり息吐いて」

言われるがまま、小さく息を吐く。
ふ、ともれた吐息はかすかに震えていた。

「痛いか」

聞かれて、首をふる。

「怖い?」
「大丈夫……」
「痛かったらすぐ言えよ」

頷くと、動きを止めていた指先がゆっくり中に進められた。
冷たかったはずのローションは、いつの間にか生温かく馴染んでいた。
自分でも触ったことのない粘膜を、他人の指で探られる。
不安は確かにあった。
けれど、左手を包んでくれる羊くんの手と、右手で掴んだ狼の腕が、僕を繋ぎとめていた。
守られているような、そんな気がした。

中を動く指が、2本に増える。
乱れそうになる息を必死に整えながら、細い指と筋張った腕に縋る。
ローションを足され、狭い腔が引き伸ばされるように拡げられる。
3本目。
さすがに圧迫感がひどい。
身をよじる。
その時だった、中をずるりと擦られた途端、腰が跳ねた。

「……え?」

自分でも驚いた。
思わず見上げると、狼もかすかに目を見開いていた。
確かめるように、指の腹で同じところを優しく押し上げられる。
一瞬、頭が真っ白になった気がした。

「っ、あ……!」
「ここか」
「待っ、なに、まって、」
「気持ちいいの」
「ん、ぁっ、あ、っ……!」

中にそういう場所があるのは知っていた。
ただ、それが自分にもあるということは特に意識したことがなかった。
だから、そこを触られるとこんな風になるなんてことを、考えてみたこともなかった。

居ても立ってもいられなくなって、体をずり上げる。
頭が何かにぶつかる。
尚も逃げようとして体を捻りシーツに肘をつくと、引き止めるように腰を掴まれた。
構わず体を半回転、俯せになる。
不意に背中に熱い吐息がぶつかる。
背筋を舐め上げられ、ぞわりとした感触に体を支えようとしていた腕の力が抜けた。
再びベッドに逆戻りした頭は、羊くんの膝の上に落ちた。
宥めるように頭を優しく撫でられる。
体内の指からは逃げられないまま、背中を狼の熱い舌が這う。

伸ばした両手は羊くんの体を探り当てた。
腰のあたりを掴む、と、その手を取られた。
上体を引き起こされ、正面から抱きすくめられた。

指が抜き挿しされる度、体温が上がっていく気がする。
立たされた膝が震え、羊くんの首に両手を回してしがみつく。
開きっぱなしになってしまった口からは情けない喘ぎ声がもれ続ける。

「あー……かわいい、興奮する……」

耳元に、羊くんの熱い吐息。
次いで、背後から狼の舌打ち。
抱きしめられる力が強くなって、かと思うと狼の腕が僕の体を引き寄せた。
振り向きざまに唇を重ねられ、反射的に舌を絡め返し、
力の抜けた体は羊くんを背もたれにずるずると座り込む。

両足を開かれ、その間に狼の体が入りこんできた。
体内の指はいつのまにか抜けていた。
ぽっかりと空いたそこに、硬い先端が押し当てられる。
指よりも大きな質量の圧迫感。
息をのむ。
体がこわばる。
痛い、と言うつもりはなかった。
それなのに無意識にそう訴えた僕の声は、ほとんど泣き声だった。

「泰之」
「烏さん」

2人の声は優しかった。
僕を抱く狼の手も、後ろから支えてくれる羊くんの手も。
一つしゃくりあげると、濡れた瞼をどちらかの指が拭ってくれた。

「大丈夫。深呼吸してください」
「うん……」
「目開けてみて。怖くないでしょ?」

囁かれて、目を開けた。
心配そうに僕を見下ろす狼の顔。
それから、少し視線をずらすと羊くんの優しい笑顔。
2人の顔をみて、こわばっていた体の力が少し抜けた。
のばした手は、それぞれそっと握り返された。
右手は狼に、左手は羊くんに。
大丈夫。小さく囁くと、押し当てられていた硬い先端がゆっくり中へ進んでくるのが分かった。

痛みがないわけではなかった。
けれど、怖いわけでもなかった。
息をつめて、圧迫感にたえて、しばらく。
僕の頭上で、狼が小さく息をついた。
狼の腕の中におさまった僕の体は、隙間なくぴたりと抱きしめられていた。

「ぜんぶ、入った?」

尋ねる僕の息は絶え絶えだったけれど、狼も同じようなものだった。

「やっと、お前とこうなれた」
「うん……」

あまりにも胸が熱くて、頷くのがやっとだった。
狼とつないでいた右手をそっとほどいて、首元に回す。
頭を引き寄せて、唇を重ねて、覗き込んだ狼の目はかすかに濡れていた。
それを見た途端、僕の視界もぼやけてしまった。

もう何も言葉はいらなかった。
僕はやっと狼に食べられて、一つになれたのだった。

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