▼ 01

「す、す、す、好きなんです」

盛大にどもりながらそう言った一年生は、ふわりとした茶色の癖っ毛が印象的だった。
無言で口から煙草の煙を吐き出した狼が、可哀想なくらいびくついている彼を冷たい目で振り返る。

「で?」
「おっ、おれと、つ、付き合ってください……!」
「それって何か俺にいいことあんの?」

氷点下5℃の狼の言葉。
氷柱に射抜かれたように身を竦めた彼は、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

「何でもします! お、おれどんな扱いでもいいんです。恋人じゃなくても、なんならパシりでも、どんなことでもしますからだからおれを傍に置いてください……」

ふうん、と目を細めた狼は、どこか楽しげに口元を歪めた。
ふ、と吐き捨てた煙草を靴底でもみ消し、その足を男の顔面に突き出す。

「舐めてみな」

狼の言葉に、冷や汗をだらだら流していた彼の目に何かが灯る。戸惑いや困惑、そしてその中にもうっすらと現れた被虐心。
うっとりとした恍惚の目で、彼は小さく舌を差し出した。唾液で濡れて光った真っ赤な舌先が、狼の革靴をそっと辿る。
ちらりと横目で狼を見ると、今度ははっきりと笑っていた。

「なあ烏。どう思う?」

隣にぼんやり佇んでいた僕を見る狼の目は愉悦に光っていた。
理解できない、と首を振ると、声を上げて笑い出す。

「なんだ、妬いてくんねえの?」
「僕は別に狼の靴を舐めたいわけじゃないよ」
「ま、そりゃそうか。おい一年、嫌いな食べ物3つ言え」
「え? えっと、人参とピーマンと貝です……」
「は、ガキかよお前。おい烏、今日の晩飯分かってんな。ピーマンの肉詰めとあさりの味噌汁と、そうだな人参たっぷりカレーってとこだな」
「狼、それじゃ取り合わせがめちゃくちゃだ」
「いんだよ別に。しのごの言うな」

最後に不安げに僕達を見上げていた彼の顎を軽く蹴り上げてくるりときびすを返した狼の背中は、新しい玩具を手に入れた子どものように浮かれていた。
思わず肩を竦めてから、訳も分からず狼の後ろ姿を見送っている彼の手を引いて立たせてやる。
気に入られたんだよ、良かったね。
そう教えてあげると、彼はぱちりと目を瞬かせてからふにゃりと笑みを浮かべた。





狼と僕はいわゆる幼なじみというやつだ。
物心ついた時にはもう隣にいて、それからずいぶん長いこと一緒にいる。
出会った日のことや、仲良くなった経緯はもう覚えていない。

「まあ腐れ縁だな」

ご所望の人参たっぷりカレーを頬張りながら、狼は僕達の関係について尋ねてきた羊くんにそう説明した。
ちなみに羊くんというのは狼に告白してきた一年生のことで、命名は勿論狼だ。
どうやらぷるぷる震えながら告白してきた様子がいたくお気に召したらしい。

狼を一言で表すならば生粋のサディストと言えば事足りるだろう。
人を肉体的に痛めつけ屈服させて喜ぶ心理は、ごくごくノーマルな性癖の持ち主である僕から見れば理解できない。
しかし狼のそんなサディスティックなにおいに引き寄せられたのか、件の羊くんは反対に生粋のマゾヒストらしい。
とはいえ肉体的暴力ではなくただの子どもじみた嫌がらせにすぎない(ようにしか僕には見えない)嫌いなもの尽くしの夕食には、さすがの羊くんも大苦戦のようだったが。

ろくに噛まずに人参を飲み込んだ羊くんが、狼の言葉に涙目で相づちをうつ。

「幼なじみだったんですか」
「そう。僕の母と狼のお父さんが昔からの友人で」
「肉体的なオトモダチってやつな」
「狼」

確かに否定はできないが、初対面の人間相手にわざわざ口に出して言うようなことでもない。
しかし一応は窘めた僕の言葉は、今度はピーマンに苦戦する羊くんをご満悦で見つめる狼の耳には入らなかったようだ。
堪えきれなかったらしい笑みをふふふと漏らした狼が、にやにやと口元を緩めながら僕に視線を移す。

「烏、お前の手料理まずいってよ」
「そりゃそうだろ、嫌いなものなんだから」

えっ、えっ、違うんです! と可哀想なくらい慌てふためく羊くんに、気にしなくていいよと微笑めば、狼は少しつまらなそうに眉を上げた。

「烏は本当いじめ甲斐ねえなあ」
「なくて結構。僕は生憎マゾヒストじゃないし」
「はーあ、お前に羊の10分の1でも可愛げがありゃあな。悲しそうな顔の1つでもしてくれりゃお前のことも可愛がってやれんのに」
「それはどうも。食べ終わったならお皿下げるけどいい?」

重ねた自分の皿を片手に立ち上がると、狼は灰皿を引き寄せ煙草に火をつけた。室内に薄く広がる白い煙の下で、小さく舌打ちをした音が響く。
換気のために窓を開けてからキッチンに向かう途中、何とはなしに振り返ると、羊くんは未だ涙目のまま、あさりの出汁が出た味噌汁と格闘しながら不安げに狼をみつめていた。

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