▼ 4

翌日の昼休み、香坂は校舎の屋上にいた。隣には気だるげな末吉が左腕に寄りかかるように座っている。フェンスを乗り越えた端から足を投げ出し、どちらからともなく指先を絡め合う。

「いい風だな」

しばらく互いに煙草を吸うだけの沈黙の後、ふと香坂の肩に頭を預けた末吉が呟いた。聞き覚えのある台詞に反射的に頷きかけ、しかし香坂は訝しげに末吉に視線を向けた。

「いや無風じゃねえか」
「あ? 分かってんだよ、んなこと」
「はあ? どうした、寝ぼけてんのかお前」
「ちっげえよ、そうじゃなくてさあ」

ふう、と煙と共にため息をついた末吉は、不満げな視線を向けてきた。だがすぐに、そっぽを向かれ視線も逸らされる。

「ここはアレだろ、頭撫でるとこじゃねえか」

やや気まずそうな声と、ほんのり赤く染まった耳朶。一瞬目を瞬かせた香坂は、繋いだ指先を離し、その手を末吉の肩に回した。

「なんだよ、甘やかしてほしかったのかよ」

わざとからかうような声を出しつつ、さらりと後頭部を撫でる。脱色のしすぎで痛んだその髪をどうしてあの頃はあんなに柔らかいと思っていたのかは分からない。しかし指先を絡めてみれば、その感触は香坂の手にひどく馴染んでいた。

「……いいだろ、別にたまには」
「は?」

驚いてしまったのは、俯いた末吉が珍しく素直な言葉を発したからだ。ぽろりと口から落ちかけた煙草を慌てて咥えなおし、香坂も思わず目を逸らす。

「マジで甘やかされたかったんなら早く言えっつうの」

苦々しく思い出したのは、昨夜のことだ。末吉の普段とは全く違う顔と声に興奮して、本能のまま貪り尽くしてしまった自覚が香坂にはあった。結果として末吉も乱れ、喘ぎ泣いていたからいいようなものの、しかし現実問題、優しく気遣ってやる余裕はほとんどなかったのだ。もっとも事前に甘やかせと言われていたところで自制できたかどうかは疑わしかったが、もし心構えがあれば多少は違ったかもしれないのに、と思う。が、そんな香坂の心境を知ってか知らずか、顔を上げた末吉はにやっと笑ってみせた。

「アイツなら何も言わなくても甘やかしてくれたのになー」
「あァ?どこの誰だよ!」

反射で怒りが沸き上がる。が、「香の君」と悪戯っぽく耳元で囁かれ、すぐに沈静した。代わりに、何とも言えない複雑な気分になる。それを誤魔化すため、香坂は末吉の細い肩を抱き寄せ、その首筋に軽く噛み付いた。

「俺よりあんなうすらぼんやりした男がいいのかよ」

香坂が思うに、あの頃の自分は自分ではない。香坂から香坂を構成するもの全てを奪い去った、最早別の何かだ。だから歯を立てたまま低く唸ると、末吉はくすぐったそうに小さく笑い、じゃれるように香坂の腰に右手を回してきた。笑うと細くなる目に至近距離で覗きこまれ、ついその目元にも唇を押し当てる。思い出して再び頭を撫でれば、末吉はお返しとばかりに香坂の喉に唇を這わせてきた。

「なーんだよ、自分相手に嫉妬すんなよ」
「るっせえよ」
「ま、俺はどっちかというと今の方がいいけどな」
「……」

ぬるり、と首筋を熱い舌が這う。同時に、ぞわりと背筋を何かが走った。末吉を抱き締めたまま小さく息を吐き、そして香坂は腕の中の体を押し返した。

「なあ、あのさ」
「んー? 何」
「俺と、……」

名残惜しそうに香坂の腕を掴んだまま、末吉は首を傾げ上目で見上げてくる。それを一時見つめ、香坂はくしゃりと自分の前髪をかきあげた。

「あー……いや、まあ、何でもねえ」
「はあ? なんなんだよ。気になるだろうが、言えよ」
「いや、もう忘れた」
「おいおいもうボケたか」

呆れたように肩を竦めた末吉から視線を外し、香坂はぼんやりと校庭を見やった。短くなった煙草を咥えなおし、ガラじゃねえな、と内心ぼやく。完全に雰囲気に流されたのだ、うっかり真面目に交際を申し込んでしまうところだった。だが冷静に考えてみれば、末吉相手にそんなことをするなんて正気の沙汰とは思えない。

眼下では、コンビニ帰りらしい女子達が長い足を惜しげも無くさらし、短いスカートの裾をひるがえしながらはしゃいでいる。それを見るともなしに見ながらぼんやりと煙草をくゆらせていれば、突然肩を掴まれた。強引に振り返らせられ、目を丸くして見れば末吉が唇に噛み付いてきた。

「っ、な、お前」
「言っとくけどさあ」
「あ? つか痛え……」

舌を出して舐めると、唇に滲んだ血の味がした。急なことに苛立つというより驚いていると、そこに末吉の舌が伸びてきた。今度は一転、優しく舌先でなぞられ、そして末吉は香坂の首を引き寄せ、耳元で囁いた。

「言っとくけど、俺浮気は許さねえ派だから」
「何の派閥だよ。つうか、それ」
「分かったら責任持って俺だけ見てろよ」
「……」

敵わなえな、と思った。本人はおそらく冗談に紛れさせたいのだろうが、香坂を見る瞳には隠しきれない真剣さが漂っている。敵わない。もう一度そう思った香坂は、ようやく腹をくくった。昔馴染みで、けれどいつしか敵対関係になって、それなのに体を重ねてしまったこの男に捕まる決心をしたのだった。

「……上等だよ。嫌ってほど甘やかしてやる」

口元を上げて笑った香坂は煙草を投げ捨て、空いた両手で末吉を引き寄せた。後頭部を掴んで噛みつくようなキスを仕掛け、舌をねじ込ませる。大人しく寄せられた末吉の身体は、まるで誂えたかのように香坂の腕の中にぴたりとはまり込んだ。

フェンスの向こう側、互いの仲間や後輩達が各々の派閥の頭達の乱心に戦々恐々としてざわめきあっているのには気づいていたが、末吉の唇に夢中になった香坂にとってはやはりどうでもいいことだった。

prev / next

[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -