▼ 02

秋から冬にかけて、生徒会はどうやら繁忙期らしい。行事が多いから準備や後始末や色々あって、と話してくれた先輩は、この先ちょっと忙しくなるとのことだった。

「行事って体育祭とか? 今日種目決めましたよ」
「そうそう。宏樹何に出るの?」
「綱引きと騎馬戦です」
「だけ? はは、やる気ないなあ」

確かにやる気はないが、今から準備で忙しくなる人にはちょっと言いにくい。

「行事って他にも何かあるんですか? 文化祭とか?」
「うん。11月に文化祭があって、あとは12月に次の生徒会役員選挙と交流会と」
「交流会?」

選挙までは分かるが、それに聞きなれない言葉が続いたので聞き返せば、先輩は既に疲れたような顔をしてため息をついた。

「女子校とダンスパーティー」
「え? 女子校?」
「知らない? 同じグループ内に女子校もあるんだよ。で、交流もかねてクリスマスらへんに集まるんだけど」
「へえ、知らなかったです」
「いらないと思うんだけどな。無駄に忙しくなるだけだし。今年は会場こっちだからなおさら忙しくなりそう」
「じゃああんまり会えなくなりますか?」

それは寂しいなと思いながら聞けば、先輩は首を横に振った。

「宏樹との時間はちゃんと作るから」
「あ、はい……」
「でもちょっと帰りが遅くなったりはするかも。ごめんね」
「……」

返事ができなかったのは、会話の途中で流れるような動作でキスをされたからだった。何度か触れるだけのキスをされながら、頬を撫でられる。
内心驚きながらも目を閉じて、そのままそういう雰囲気になるかなと思っていたら、しかし先輩はそれだけで満足したように体を離してしまった。
壁の時計を見た先輩が、テレビの電源をつける。毎週見ているバラエティー番組が始まる時間だった。
少し残念な気持ちになったが、何も言えずにそのままテレビに目をやった。

が、正直集中はできなかった。
並んでテレビを見ながら、先輩は片手間に俺の膝の上のラビ夫クッションをつついたり、時には俺の手をつついたりして遊んでいた。
そのうち俺の手が構われる時間の方が長くなっていって、いつのまにか手を繋がれ、絡められた指を撫でられたりさすられたり手を握られたり、なんだか手に汗をかきそうな事態になっていた。

いやもちろん、今さら手を繋ぐこと自体にどうこう言いたいわけではない。
前と比べるとなんとなく距離が近くなったような気がしていて、ふとした時、例えば今のようにソファーに並んで座る時や、あるいは同じ雑誌や携帯の画面を二人で見る時、それから相手の方にあるものを手を伸ばしてとる時だとか、そういうちょっとした距離感が少しずつ縮まったような気がする。
俺も最初は少し肩が触れるくらいでも緊張していたのが、今ではさりげなく先輩に触れるとか、手を握るとか、ちょっとキスをするとか、そういうことが少しずつ平気な顔でできるようになってきていて、そりゃ確かにもっとすごいことをしているので当然と言えば当然なのかもしれないが、やっぱり付き合い始めの何をするにもガチガチだった頃に比べればだいぶ大きな進歩だと思う。

ただまあそうやって少し進歩したとはいえ、未だに何もかもを平気な顔でできるわけではなくて、やっぱりそういう雰囲気になると緊張したり、恥ずかしかったり、なんやかんやでやっぱり平静ではいられないし余裕もない。
とはいえ俺も男なのでそういうことをしたくなったりムラムラしたりする時もある。今もまさにそうで、先輩はただ遊んでいるだけなのかもしれないがこうやって触れ合っていればやっぱりそういうことをしたくなってしまう。

が、大きな問題が二つあって、一つは俺がそういう雰囲気への持ちこみ方を知らないということだった。

今までのことを思い返せば、そういう雰囲気に持ちこんでくれていたのはいつも先輩の方だった。
時には俺が無知故に変なことを言ったりとかもしくは嫉妬してそうなったりということもあったが、そうでない時は毎回先輩がさりげなくそういう方向に持っていってくれて、そして流されるままいつの間にかそういうことになっていた。
あまりにもさりげなくそういうことをできる人なので、今までのことを思い出しても全く真似できる気がしない。俺が一体どういう風にすればそういうことになるのか、さっぱり分からないのだった。

しかも、今はもう一つ懸念事項があった。
小島と江藤くんに聞いた先輩の親衛隊の隊長、萩尾さんのことだった。
だいぶこわい話だったが今はそれはおいておくとして、思い出してしまうのは「セックスもすごいらしい」という江藤くんの言葉だった。
ずいぶんな台詞だったがその是非はさておき、すごいセックスとは一体何なのだろうか。そんなすごいことを多分経験したことがあるだろう先輩は、はたして俺なんかで満足できているのだろうか。

「元哉さん」
「うん」
「あの」
「ん?」
「……」

しかしまさか本人に聞くわけにもいかなかった。俺で満足できてますかだなんて恥ずかしいことを聞けるわけがなかったし、たとえ満足できていなかったとしても先輩も多分正直には言わないだろう。気を遣って、大丈夫だよと言ってくれるのが簡単に想像できた。

「え、何? どうしたの?」
「あ、いや元哉さんは体育祭何に出るんですか?」

結局ごまかして別のことを尋ねると、先輩は一瞬首を傾げたが特にそれ以上気にしなかったらしく、「ええと」と思い出すような素振りをした。

「綱引きと3年は棒倒しがあって、あとは借り物競争と障害物競走と」
「そんなに?」
「あとリレーと応援合戦か」
「多いですね」
「勝手に決まってたんだよ」
「会長だから? 大変ですね」
「そう。見世物パンダみたいなもんだよ。リレーと応援合戦は役員全員参加だし」
「へえ。あ、役員といえば」

そこで思い出したのは、江藤くんが言っていた別のことだった。

「風紀委員長に彼氏できたらしいですね」
「えっ、マジ?」

それまでソファーにだらりと背を預けていた先輩は、ぱっと跳ね起きた。同じ話を聞いた時の小島に負けないくらい目が輝いていた。

「相手誰? 宏樹知ってる?」
「風紀の一年って聞きました」
「うわーマジか。あいつ全然浮いた話なかったから男に興味ないのかと思ってたんだけどな」

江藤くんいわく先輩のことが好きだったんじゃないかとのことだったが、これは聞かない方がいいんだろうか。
それともさらっとこんなこと聞いたんですけどどうなんですかと言ってみてもいいんだろうか。

「というか珍しいな。何で知ってんの?」
「あ、同じクラスに詳しい人がいて」
「詳しい人?」
「江藤くんっていって、新聞部の人」
「あー新聞部ね。そんな友達いたんだ」

新聞部、と言う時、先輩は一瞬苦い顔をした。なぜだろうと思えば、

「まあほら、何かあったらすぐすっぱ抜かれる立場だから」

ということらしい。なるほど。

「そういえば会長に本命できた説もあるって言ってましたよ」
「うわ、目ざといな。何でだろう」
「あーそれは……」
「え? 何か言ってた?」
「最近親衛隊の人達に手出してないからって」
「……なるほど」

先輩がちらりと気まずそうな顔をする。
これは言わない方がいいことだったかもしれない。

「でもまあ確かに、ちょっと気をつけた方がいいかもな。バレない方がいいって西園寺とか相原にも釘さされたし」
「そうなんですか?」
「うん。俺のとこが過激派だからって言われたけど。でもそんなことないと思うんだけどなあ」
「ふーん……」

ということはやっぱり先輩は萩尾さんの例の噂については知らないのかもしれない。
俺でさえ耳にしたというのに、誰も先輩の耳に入れないということは、何か言わない方がいい理由でもあるのだろうか。

「あ、そういえば去年会長だった人が、携帯の表示でこっそり付き合ってた相手がバレたことがあってさ」
「携帯?」
「そう。電話来た時に名前が出るだろ、それで。宏樹俺の名前で登録してる?」
「あ、はい。じゃあ変えといた方がいいですね」
「俺も変えとこ。何がいいかな。宏樹どうする?」
「えーどうしよう。先輩でいいですか」
「はは、じゃあ俺は後輩にしとくか」
「でもそれはそれで怪しいですね」
「じゃあイニシャル? それもなあ」

携帯の連絡先を開いて入力を変えていると、先輩は俺の手元をのぞき込んできた。
肩が触れた。距離が近づいた拍子に、ふわりといい香りがした。
途端に最初の問題が戻ってきた。そういう雰囲気に持ち込みたいが、誘い方が分からないというやつだ。
黙ったまま見つめていたら、先輩は顔をあげて「ん?」と首を傾げた。
至近距離で見ても相変わらずイケメンだった。なんとなく緊張してしまった俺は、結局何も言えずにまた曖昧にごまかすのだった。


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