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誘いたい話


夏休み明け初日、ホームルーム中の黒板には短距離走だのリレーだのという文字がずらりと並んでいた。二学期は行事が目白押しだということだったが、その第一弾、10月初旬にあるという体育祭の種目決めだった。
何に出ようかあちこちではしゃぐ騒がしい教室の中、特に行事に燃える性質でもないのでクラス対抗で全員参加の綱引きと同じく1年生は全員参加の騎馬戦にだけ名前を書いてのんびりしていたところ、不意に前の席から話しかけられた。江藤くんというクラスメイトで、出席番号順に並んだ席が4月からずっと変わっていないのでそれなりに話す仲だった。

「大谷くん何に出る?」
「俺は最低限のやつだけ」
「運動苦手?」
「うん、まあ」
「俺も。面倒だよね、体育祭」

同じタイプだったらしい江藤くんはそれ以上その話を続ける気はなかったらしく、「それはそうと」と身を乗り出してきた。

「俺さあ、実はちょっとした特技があるんだけど」
「特技?」

江藤くんは一見眼鏡をかけた真面目そうな人だったが、誰と誰が付き合っているだとかの色恋沙汰やゴシップが好きらしく新聞部に入っていて、よくそんな話を聞いていた。とはいえ学内の有名人に疎い俺はいまいち顔と名前が一致せずただ相槌をうつだけだったのだが別にそれでも構わない様子で、だから今回もそんな話かなと思えば、

「アナルセックス経験者が見分けられるんだよね」
「……へえ」

どうやら少し違ったらしい。
いや、これも色恋沙汰の一種と言われればそうなのかもしれないが。

「正確には挿入されてる側が分かるんだけど。なんか特有の雰囲気が出るというか色気というか、今んとこ百発百中でさあ」
「へー……」
「俺が言いたいこと分かる?」
「いや全然」

思わず目をそらすと、江藤くんは楽しそうに笑った。

「ねえ、大谷くん夏休みの間に男に抱かれたでしょ」

図星だったが、さすがにはいそうですとは言えない。
しかも事実とはいえ、男に抱かれたというその言い方がなんだか生々しくて困る。

「別にしてないけど」
「いやいや俺の目はごまかせないよ。いつの間に彼氏できたの?」
「できてないって」
「え? じゃあセフレ?」
「セ……違う違う」
「そんなタイプには見えないけどなあ。誰と付き合ってんの?」
「いやだから誰でもないって」

そもそもこういう自分の恋愛の話をすること自体が気恥ずかしくて嫌なうえ、まさか生徒会長と付き合っているだなんて口がさけても言えるはずはなかった。

「でも意外だな。大谷くん男に興味なさそうだったのにすぐ染まっちゃったね」
「いや別に、染まったわけでは」
「高校からの外部生って確かにわりとすぐ流されて彼氏作る人もいるけど全然何もなく卒業する人も多いし、大谷くんもそのタイプかと思ってたんだけどな」
「うーん……」
「告白も断ったんでしょ、西田さんの」
「それはまあ、え、何で知ってんの?」

確かに1度初対面の上級生に告白されたことはあってそれを断ったのも事実だったが、うっかりバレてしまった先輩以外にはその話はしたことがなかった。
だから驚いてつい聞き返してしまったが、江藤くんは楽しそうに笑いながら言った。

「俺はなんでも知ってるよ」
「えー……こえーな」
「嘘だよ、ちょっと小耳にはさんだだけ。皆外部生の恋愛話に興味あるからさ」

どちらにしろこわい話だった。
しかしまあ言われてみれば確かに、エスカレーター式の学校に途中入学してきた俺達がある程度目立つのは仕方ないのかもしれなかった。
先輩も以前、校内新聞で外部生の紹介記事がどうこうという話をしていたことがあるし、だがこっそり注目されているかもしれないと思うとやっぱりちょっとこわいものがある。

「そういえば大谷くんと仲いい人達も彼氏できてたよね。安田くんと上野くんと」
「え? すげーな本当に何でも知ってんだね」
「人気あるからね。特に安田くんは」
「へえ、そうなんだ」

そういえば小島も前安田がかっこいいなんて話をしていたっけ、と思い出していたら、ちょうど黒板に自分の名前を書きにいっていた小島が隣の席に戻ってきた。「安田くんかっこいいよね」なんて言いながら会話に入ってくる。

「同室者と付き合ってるんでしょ。僕も安田くんと同じ部屋が良かったなあ」
「ごめんね俺で」
「まあでもあんまりかっこいいと毎日緊張しちゃうから大谷くらいがちょうど良いか」
「あーはいはい」
「でも大谷くんもわりと人気あるよね」

と口を挟んだのは江藤くんで、小島も「謎だよね」と頷いた。

「え? 俺?」
「西田さん以外には告白されてないの?」
「うん、まあ」

実際は先輩とのこともあるが、さすがにその話もできない。
曖昧にごまかすと、小島が目を丸くした。

「えっ西田さんってサッカー部の? 大谷告白されたの? 断った?」
「うん」
「へえ、西田さんもモテるのにね。大谷狙いだったんだ」
「振っちゃうのもったいないよね。彼氏いるならしょうがないけど、でも他にも大谷くん狙ってる人多いはずなんだけどな。男に興味なさそうだったから皆言わなかったのかなあ」
「うーん……?」
「でも俺個人的には大谷くんネコだと思ってなかったから、そこは意外だったけど」
「え? 何の話?」

首を傾げた小島は、江藤くんが前半の会話を説明すると、腹を抱えて笑い出した。

「ははは、マジで? すごい特技じゃん」
「小島もネコでしょ」
「そうだけど、いやすごいね何で分かるの?」
「フェロモンかなあ」
「アハハ、何それ。僕達そんな妙なもん垂れ流してんの?」
「そうそう。あっ小島知ってる? 大谷くんの彼氏」
「ううん、知らない。大谷自分のこと話さないし」
「なーんだ。秘密主義なんだね」

小島の嘘の上手さに思わず目をみはってしまった。ちらりと俺を見た小島はたしなめるように一瞬眉を寄せ、そしてさりげなく話を変えた。

「そういう江藤はどうなの?」
「俺はどっちでも。相手により対応可能」
「ハハ、そうなんだ」
「でもまあ今は自分のことより人の話聞く方が面白いなあ」
「ぴったりじゃん新聞部。最近どうなの、夏休み中になんか面白い話あった?」
「あるよ、ビッグニュースが」

身を乗り出した江藤くんは、俺達を手招きし、内緒話よろしく声を潜めた。

「風紀委員長。彼氏できたらしい」
「えっマジで?」

小島がぱっと顔を輝かせ、俺も思わず驚いてしまった。大量に書かされた反省文やら何やらを思い出すので、あまりいい思い出ではなかったが、いつものように知らない人の話ではなく何度か顔を合わせたことのある人だったからだ。

「でも俺委員長の本命は生徒会長だと思ってたんだけどなあ」
「……え、そうなの?」

思わず口を挟んでしまうと、江藤くんは楽しそうに笑みを深めた。

「あれ、珍しいね。大谷くんも興味ある?」
「あ、いやまあ風紀委員長は会ったことあるし。相手誰なの?」
「そっか、風紀の一年らしいよ。可愛い系の。だから意外だったんだけど、俺の勘違いだったのかなあ。そういう勘は鋭い方なんだけど」
「えーでも委員長と会長様って仲悪そうじゃないっけ?」
「そこはほら、いわゆる喧嘩するほど仲がいいというかさあ」
「えー? そんな感じだっけ?」

小島は首を捻るが、思い当たる節がないでもなかった。以前一度あの二人の会話を聞いた時、なんだか長年連れ添った夫婦の痴話喧嘩のようだと感じたことがあったからだ。
少なくとも先輩にその気はなさそうだったが、やっぱり勘違いではなかったのかもしれない。

「でも会長も最近親衛隊に手出してないらしいし、本命できた説もあるんだよね。だから委員長も諦めて次いっちゃったのかな」
「えっ、そんな説あるの?」

小島がまたちらっと俺を見る。俺も気になるところだったが、口を出すとぼろが出そうなので黙っていることにした。

「そうそう。副会長も転入生と付き合いだしちゃったしね。生徒会とか役員が身固めちゃうと俺らとしては面白くないんだけどなあ」
「あーヤダその話。僕今世界で一番転入生って単語が嫌い」
「アハハ、小島のとこの人皆言うねそれ」
「でも会長様の本命説はさすがにないんじゃない? 本当にいたら会長様のとこの隊長が黙ってないでしょ」
「やべーもんね、あの人。血を見るどころじゃ済まないかも」

さすがに我慢しきれなくなった。
横目で小島を見てから、おそるおそる口をはさんだ。

「そんな怖い人なの?」
「そっか大谷くんは知らないよね。何人か退学者出してるよ。まああの人が首謀者って証拠はないんだけど、公然の事実ってやつ」
「退学?」
「被害者が引きこもったり長期入院したりで何人か自主退学しちゃって。実行犯はごっそりクラス落ちしたけど本人は証拠不十分でお咎めなし」
「え? 何したの?」
「うーんさすがに詳細は伏せられてたけど、まあ定番は集団リンチかレイプだよね」
「……マジで?」

以前小島から先輩の親衛隊は本当にヤバいと聞いてはいたが、完全に予想以上というか、想定の範囲外だった。正直多少いびられるとかあるいはちょっと殴られるとかその程度かなと思っていたのだったが、そんな俺の甘い考えをはるかに超えて重い話だった。
というか定番って。よくあることなのか? いやそれよりも気になるのは、

「被害者って、会長が前付き合ってた人ってこと?」

つまり先輩の元彼かなにかなのかと思ったが、江藤くんは首を横に振った。

「あ、違う違う。あの人が会長の親衛隊入る前の話。もう卒業した人だけどめちゃくちゃ男癖悪い人と関係があって、その人が手出した人を片っ端から潰してたらしいよ」
「2年くらい前だっけ。僕達まだ中等部だったから直接見たわけじゃないんだけど、でも噂はすごかったよね」
「そうそう。入学したらしれっと会長の親衛隊長になっちゃってたからびっくりしちゃった」
「でも会長様もすごくない? よくそんな怖い人と付き合うよね」
「知らないんじゃないの? その時留学かなんかしてたんじゃなかったっけ」
「えー? でも知らないことある? 噂くらい聞くでしょ」
「まあそうか。でもあの人見てくれはめちゃくちゃ上玉だもんね。会長の前ではめちゃくちゃ猫被ってて可愛いし、だから多少中身が危なくてもいいんじゃない。噂ではセックスもすごいらしいし」
「そうなの? ハハ、下衆いなー」

小島と江藤くんの会話に突っ込みたいところは山ほどあったが、何も言えずに黙っていた。
会話が途切れたところで、江藤くんは「俺も名前書いてこようかな」と立ち上がり、黒板に向かった。
それをぼんやり見送っていると、横目で俺を見た小島は小声で囁いた。

「だから言ったでしょ、絶対バレない方がいいって」
「うん……」
「注意してもしすぎることはないんだから絶対ボロ出さないように気をつけてよね」
「うん……」

確かに小島の言う通りだった。
どうやらこの学校は俺が考えていたよりもはるかにとんでもないところだったらしい。
こうやって二学期は、若干不穏な始まり方をしたのだった。

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