▼ 秋の夜長

うなじが色っぽいなと思った。
いわゆる後背位の体勢の時だった。
夏休み最後に床屋に行ったらしく、少し長めだった襟足やサイドの髪は短く刈り込まれていた。切りすぎちゃいましたと恥ずかしそうにしていた時はかわいいなと思っただけだったが、こういう場面になってみると今まで隠れていた首筋や耳があらわになっていて、やたらと色っぽく見えた。

つい手を伸ばすと、中の角度が変わったのか甘ったるい声が上がった。それが恥ずかしかったのか、宏樹は枕を引き寄せ顔をうずめてしまった。が、かすかに赤くなった耳や、うっすら汗ばんだ首筋はよく見えた。
耳たぶをそっと指先でなぞる。細い体がかすかに跳ねた。唇を寄せる。
指でなぞった部分を舌先で再度辿ると、いやいやをするように首が振られた。それから耳をかばうように、枕にうずめていた顔を少し傾けられた。俺を見るその目はすっかりとろんと溶けてうっすら潤んでいた。気持ちいい?と尋ねると、薄い唇がかすかに震えた。

「うん……きもちい……」

吐息まじりの囁き声に、心臓が痛くなりそうなくらい興奮した。
普段の敬語が、こうして不意にはがれてしまう瞬間が好きだった。家族と話す時の若干乱暴な話し方も年相応の男の子という感じで可愛かったけれど、こういう時に取り繕う余裕をなくしてしまったようなあどけない口調が堪らなかった。
お姉さん達にからかわれてうるせーよなんてふてくされてしまうような子が、俺の下ではとろとろに溶けて聞かれるがままに気持ちいいだとかもっとだとか素直に答えてしまう。普段は名前で呼んでくれているのに、時折最初の頃の、先輩なんて呼び方が飛び出してきたりもする。興奮しないわけがなかった。

「ん、あ……っ!」

つながったまま体勢を変えて正常位に持ち込むと、その拍子にまた上ずった声が上がった。顔を見られたくないのだろうか、右腕を持ち上げ、そむけられた顔を隠してしまう。でもその顔が見たかった。
手を握り、指を絡めてシーツに縫いとめる。もう力が入らないのか、抵抗は頼りないくらい弱かった。そのまま奥を突くと宏樹はむずがるように首を振り、けれど諦めたように眉を寄せ、柔らかい口元から喘ぎ声をもらした。
反らされた喉元の白さに煽られて、噛みつくようにキスをした。腰が跳ね、左手が俺の肩を掴む。
こうなってしまった宏樹はどこもかしこも反応が良い。普段はエロいことには興味ないですと言わんばかりの飄々とした顔をして、いやもちろんそんなことを言われたことはないしそんなつもりもないだろうからただ俺の印象というだけなのだがとにかくそんな風なのに、一皮むけばどこを触っても気持ちよさそうに喘いでくれて、とてもかわいい。本当にかわいい。

堪らず抱きしめれば、両手が首に回された。隙間がないくらいぎゅうぎゅうに抱きしめて、それでも0.01ミリの距離すらもどかしい。
中の奥、ひときわ反応がいいところを突きあげれば、宏樹は細い体を一際大きく震わせた。





事が終わった後、ぽやんとしていた顔が徐々に冷静さを取り戻していく様を見るのも、実は好きだった。
長い息をゆっくり吐きだして、首筋の汗をそっと拭う。腕を支えにのろのろと体を起こすと、疲れたようにもう一度息を吐いた。

「あー……」
「立てそう?」
「いや、無理です……」

掠れた声で答えたまま固まってしまったので、代わりに立ち上がった。ペットボトルの水を渡すと、一息で半分近く飲み干してしまう。それからその視線が何かを探すようにさまよったので、一緒に取ってきた煙草の箱を渡すと、宏樹は「すいません」と呟き、煙草をくわえて火をつけた。
細い煙をうまそうに吐き出す宏樹は、少しずついつも通りの表情に戻っていった。窓を開けると、涼しい風が優しく吹き込んできた。

「涼しくなりましたね」
「秋だなあ。すぐ寒くなるよ」
「山奥ですもんね」

すっかりかぎ慣れたにおいがふわりと漂う。香りが一番強く記憶に残るというから、もしこの先宏樹と別れるようなことがあっても一生このにおいは忘れられないだろうと思った。
もちろん意地でも手放すつもりはなかったが、そんなことを考えてしまった。

細い指先が、灰皿に灰をとんと優しく落とす。そんな細かい仕草も好きだった。もはや好きなところだらけだった。過去に喫煙者と関係を持ったことがなかったわけではなかったが、そんなことを思ったことはなかった。自分の部屋で他人に煙草を吸わせたことはなかったし、灰皿を常備したのも初めてだった。事後に甲斐甲斐しく世話をやいた経験もなかった。
もちろんそんな話は宏樹にはできなかったが、しかし一体何をどう言ってもこんなに好きだということを伝えられない気がした。

「宏樹」
「はい」
「……」
「え? 何ですか?」

名前を呼んだまま黙っていたら、宏樹は窓の外を見ていた視線を俺にうつした。さっき快感に溶けていた時とは違う、はっきりした、意思の強そうな目が俺を不思議そうに見ていた。
すっきりした一重瞼がかわいい。右の目尻にぽつんとある小さくて薄い泣きぼくろもかわいい。

「かわいいなー……」
「え?」
「いや、好きだなあと思って」

思わず漏れた俺の内心に一瞬きょとんとした宏樹は、ふわりと目尻を下げて笑った。

「俺も好きです」

じわじわと嬉しくなる。好きな人に好きと言って、同じ言葉を返してもらうことがこんなに嬉しいということも、宏樹に出会って初めて知った。

「宏樹さあ、なんか慣れてきたね」

放っておくとだらしなく口元が緩んでしまいそうだったのでごまかすためにそう言うと、宏樹は「え?」と首を傾げた。

「最初は照れちゃってそんなこと言えなかったのにな」

付き合い始めた日のことを思い出した。
俺のことが好きなのか尋ねた時、宏樹は真っ赤になって固まってしまった。初めてキスをした日も、やっぱり真っ赤になって固まって、死にそうなくらい緊張していた。
それがいまやこうやって、平気な顔で「俺も好きです」なんて言ってくれる。同じ場面を思い出したのか少し照れている様はかわいいが、かわいいばかりかと思えば、やきもちを妬いて強引に押し倒してきたり、夜中に突然遠くから会いにきてくれるような一面もある。慣れと共に少しずつ出てきた恋人を扱う時の男らしさのような部分も、知れば知るほど好きになって、どんどん深みにはまっていってしまうような気がする。

「あーまあ……でも、こんだけ色々してれば多少は」
「色々って?」
「いや、それはまあ……」

かと思えばやっぱりこうしてすぐに照れてしまうところはやっぱり素直でかわいくて、堪らない気持ちになった。手を伸ばして腰のあたりを引き寄せると、宏樹はぴくりと体を跳ねさせた。

「ちょ、ちょっと待ってください。今触られるとなんか」
「また気持ちよくなっちゃう?」
「いや、そういうわけではないんですけど」

バレバレの嘘をこぼしながら恥ずかしそうに俯いた宏樹は、まだ残っている煙草をもみ消した。
かろうじてそれを待ってから押し倒すと、宏樹は驚いたような顔で俺を見上げた。

「えっ、待って俺もう無理で……」
「もう一回していい?」

返事を待たずに唇を重ねると、宏樹は困ったように眉を下げたが、抵抗せず口を開いてくれた。絡めた舌先のほのかな苦みも、多分一生忘れられないだろうと思った。

どうしてこんなに好きなんだろう。今まで何度も考えたことだったが、今度も結論は出なかった。
ただやっぱり、俺ばかりどんどん深みにはまっていってしまっているような気がした。

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