▼ 12

余裕がない、の言葉通り、前回までよりだいぶ性急な行為だった。
体力のない俺にとってはあんまり途中で気持ちいいことをされるよりもそのくらいの方がいいのかもしれないと思ったりもしたけれど、しかし俺の体は先輩に触られると勝手に快感を拾ってしまった。
ただ、俺の体が悪いというよりも、先輩が器用すぎるのが悪いのだと思う。

指を1本、2本。入れるまでは前回までも進んだところだからわりとスムーズに進んだ。
けれど、中の気持ちいいところを擦られるとやっぱり快感が強すぎた。泣いて喘いで、いざ先輩のものが入ってくる頃にはもう息も絶え絶えだった。
最後にローションを足され、指を抜かれ、先端を押し当てられると思わず腰が引けた。
入り口が目いっぱい広げられる感覚に、息をのむ。

「っ……!」
「痛い?」

目をきつく閉じながら、首を横に振った。
痛みは確かにあった。指2本分とは大きさも太さも全然違った。
けれど我慢できない程度ではなかった。

「あ……っ!」

体内のものが少し押し進められると、それに押し出されるかのように声がもれる。
異物を勝手に押し出すような本能でもあるのか、俺の体は先輩のものを締め付けてしまう。
先輩も少しきつそうに、ふ、と息をつく。

「……大丈夫?」

耳元をくすぐる吐息が熱い。
言葉は出なかったので何度か頷いた。
先輩の首に回した手にぎゅっと力をこめる。
すがりつく俺の背中を、先輩の手が優しく撫でる。

「っ、……あ、あっ!」

意を決したかのように先輩が腰を進めてきて、ひときわ奥を突かれた。今まで散々気持ちよくさせられたところだった。けれど指で触られるのとはまた違った感覚だった。
腹の中が重くて苦しい。気持ち良すぎて、苦しい。

「あー……宏樹、すき……」

かすれた声で囁かれ、堪らなくなった。
しがみついたまま、また何度も頷いた。
自分でも触ったことのないような体内の粘膜を、硬くて熱いもので撫でられる。
弱いところもみっともないところも全部さらけだすようなこんなこと、本当に好きな人とでなければできるはずがなかった。

「すき、好きだよ、すき、宏樹……」

最初はゆっくり様子をみるように、それから徐々に強く。
腰をうちつけながら先輩はすきという言葉と俺の名前を繰り返す。
俺の口からはとっくに言葉は出なかった。
かすれた、恥ずかしい声だけしか。
先輩が不意に体を少し起こす。

「ごめん、今日も早いかも」

そう囁いた先輩は、少し恥ずかしそうに笑った。
ずるいなあと思った。
かっこよくて、2歳年上で、俺より大人で、頼りになるのに、時々こうやってかわいい。
やきもちを妬いてくれたり、俺が少し遊びに行ったくらいで喜んでくれたり、こんな風に不意にかわいい顔をしたり。

全部好きだな、と思った。
月並みな言葉だったけれど、それが全てだった。
きっともう一生手放せないかもしれない。

すき、と囁きかえしたら、先輩は泣きそうな顔で笑った。
そして俺のものを握りこみ、乳首に舌をはわせた。

「あ、せ、先輩」
「うん」
「っ、ぁ、あ、も、いく、あ……!」
「うん……」

俺こそ早かった。
とっくにぐずぐずに溶けてしまっていた俺は、あっという間に頂点にのぼりつめた。
頭が真っ白になるような快感の中、何度か中を擦られ、一番奥で先輩のものも小さく跳ねた。

シーツに放り出された手を伸ばすと、先輩は俺の左手を握った。
指を絡める。
先輩は俺の薬指の指輪にキスをすると、脱力した俺の体を強く抱きしめてくれた。





「あのさ、俺が結婚するって言ったら別れようと思ってた?」

先輩がそう尋ねてきたのはバスルームでのこと。高級ホテルらしくバスタブも大きかったので、交代でシャワーを浴びた後にせっかくだからとお湯をためて一緒にゆっくり浸かっていた時のことだった。
一線こえたとはいえ未だに先輩の体は直視できず備え付けの入浴剤を放り込んではみたが、濡れた髪をかき上げる先輩がやたらと色っぽくて結局直視できずどぎまぎしながら明後日の方向を見ていたら、先輩がそんなことを言い出したのだった。答えにくい質問だった。

「まあ、その……」
「うん」

口ごもりながら、少し考えた。
結局のところは全て俺の考えすぎというか深読みしすぎたことによる勘違いだったわけだが、先輩と別れることを覚悟したのは事実だった。結局別れたくないだなんて言ってはしまったものの。

「でもまあ、別れたいって言われたら別れるしかないかなと思ってました」

だから答えると、先輩は「ふうん」と呟いてむくれたように少し唇をとがらせた。

「別れないからね」
「あ、はい……」
「宏樹がもし今後別れたいって言っても諦められないと思う。重くてごめんね」
「いや俺こそだいぶ重いですよね。結局別れたくないとか言っちゃったし」
「重くないよ。嬉しかった。でもごめん」
「それに俺は元哉さんと別れたくなることなんかないと思います」
「分かんないよ。俺なんかよりすごいイケメンが現れるかもしれないし」
「そんな人いないでしょ。というか別に顔で選んだわけじゃないし」

思わず笑ってしまった。それからふと、不思議な気分になった。勘違いとはいえ一度は別れる覚悟をしていたから、もう一度こんな風に笑えるとは思っていなかった。
しかも俺の左手にはいまや先輩がくれたばかりの指輪が嵌まっている。こっそりお湯の中で触って確かめると、つい口元が緩んだ。

「気に入ってくれた?」

顔を上げると、先輩が微笑んでいた。こっそりしていたはずの俺の行動はどうやらバレていたらしい。お湯の中で、手をそっと握られた。

「サイズ大丈夫?」
「ぴったりです。何で分かったんですか?」
「触った感覚で。最終的には勘だけど合ってたなら良かった」
「へえ、すごいですね」

試しに先輩の左手の薬指を握ってみる。次に自分の指をあれこれ握って確かめてみたが、ちっとも分かりそうになかった。そもそも自分のサイズも知らないのに、分かりようもなかった。

「元哉さん何号ですか?」
「俺は15」
「じゃあ俺のは?」
「それは14」
「すごいな、全然分かんないですね」

話しながら次に先輩の右手を取ろうとしたところで、一瞬ためらってしまった。
さっきこの指が俺の中に入ってたのか、と思ってしまったのだった。
途端に恥ずかしくなって、何でさっきまで平気な顔で会話できたのか分からなくなってしまった。

「なんで急にかわいい顔してるの」

目を合わせられなくなって思わず顔をかくすと、先輩は笑って無理矢理俺の顔をのぞきこんできた。

「思い出しちゃった?」
「いや、まあ、はい……」
「あーもう、本当に時々やたら可愛くなるよね。普段とのギャップがさあ」
「……普段スカしてるのに?」

亜衣ちゃんの言葉を思い出して尋ねると、先輩も思い出したのだろう、笑い出した。

「自覚あるの?」
「いやそんなつもりなかったので心外でした」
「はは、でも普段はなんていうかいつも冷静というか淡々としてる分、照れた時とかベッドの中では本当にやたらかわいい」
「そ、そうですか……」

何でさらっとそういうことが言えるんだろう。
やっぱり経験値の差か、とも思ったけれど前のように嫌な気持ちにはならなかった。最後までしたことで、俺の中で何かしらの変化があったのだろうか。
微笑んで俺を見ていた先輩は、不意に手をのばして俺の頬を撫で、そして囁いた。

「もう1回する?」
「……えっ?」
「だってまたかわいい顔するから」
「いやもう無理! 先に出ます!」

一瞬でのぼせそうになった俺は、先輩の笑い声を振り切ってバスルームから逃げ出したのだった。

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