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8月末。商店街の夏祭りの日は朝から快晴だった。相変わらず健一さんの店の客足は伸びず、少し早めに店を閉めた俺は一度帰宅して原付を家に置き、父さんに借りた浴衣に着替えた。着替えたというか、もちろん自分一人では着られないので帯を結んでくれたのは母さんである。とはいえ母さんも男物の帯を結んだことはなかったようでああでもないこうでもないと携帯片手に二人で苦戦していたら、美衣姉ちゃんが乱入してきた。

「お母さんあたしも! 浴衣着る!」
「自分で着てちょうだい。帯だけしてあげるから」
「あたしこれ! この結び方がいい!」
「はいはい」

美衣姉の差し出す携帯画面をちらりと見た母さんは、俺の帯を結ぶ手つきとはうってかわって見事な手つきで素早く仕上げた。さすが7人の娘の母親である。

「お母さん今日泊まってきていい?」
「ダメに決まってるでしょ。10時には帰ってきなさい」
「えーなんで! ヒロくんこの前普通に朝帰りしてたじゃん!」
「美衣子は女の子でしょ」
「男女差別じゃん! じゃあヒロくんと一緒ならいい?」
「宏樹と何するの。家で遊べばいいでしょう」
「カラオケオール!」
「はいはい、二人ともちゃんと帰ってきなさい」
「はーい……」

なんとか俺の帯も形になったところで、美衣姉とまとめて家から送り出された。
ちなみにこの前の朝帰りの件はお盆明けに先輩と再会した日のことで、朝帰りした上指輪をつけたままだったので亜衣ちゃんと美衣姉にものすごい尋問にあった。
なぜ朝帰りなのか、誰といたのか、その指輪は何だ、女がいるのか、もしかして元哉くんなのか、違うならどこの誰だ、可愛いのか、品定めしたいから連れてこい。
もちろん全て濁して途中で逃げ出した俺は、それ以来実家では指輪にチェーンをつけてこっそり首から下げることにしていた。

「ヒロくん今日彼女とデートなの?」
「違うけど」
「誰と行くの? 亀次郎? 元哉くん? 慎二くん?」
「だからそんな友達いないって。元哉さんと慎二さん達」
「ねえ一緒にいたことにしていいでしょ? ヒロくんもどっか泊まってきて!」
「帰ってこいって言われてたじゃん」
「口裏合わせてくれたら大丈夫だって! ね? ね?」

ね?と可愛く首を傾げながらも、その実美衣姉は俺をぎりぎりと睨みつけているのだった。姉に逆らえない弟は、すぐさま了承する。どの道今日は帰るつもりはなかったので、特に不都合はなかった。
途端に上機嫌になった美衣姉は、駅前で彼氏の姿を見つけ、下駄の音を軽やかに鳴らしながら走っていった。その少し先で、先輩達の姿を見つけた。浴衣を着たイケメン3人組が、その辺の女の人達に放っておかれているわけがなかった。囲まれてナンパをされている輪の中から、慎二さんが俺を見つけ、「宏樹!」と手を上げる。しかし寄っていく勇気がなく遠巻きに見つめていると、先輩が集団から抜け出してきた。

「似合うね、浴衣」
「いや元哉さんこそ」

黒地の浴衣に灰色の帯、ありふれた物なのにさらりと着こなした先輩はやっぱりモデルのようだった。惚れた欲目、というだけではおそらくないだろう。いまや一番近くにいる人なのに、ふとした時にやっぱり格好いいなと思うのは変わりなかった。

「行こうか」
「いいんですか、慎二さん達」
「そのうち合流すればいいだろ。いや別にわざわざ合流しなくてもいいけど」
「はは、そうですね」

商店街には入り口外から屋台が並んでいる。焼きそば、りんご飴、かき氷。屋台を冷やかしながら熱気の中を歩き、結局たこ焼きと牛串と焼きとうもろこしとイカ焼き、冷えたサイダーを1本ずつ買い込んだ。途中ラビ夫マークのヨーヨー釣りを見つけ、1回ずつチャレンジ。先輩と合わせて3個手に入れ、最後に無料配布のこれまたラビ夫マークのうちわを貰ったら両手はいっぱいになってしまった。
メインの花火会場は商店街から少し離れた川沿いの土手にある。既にあたりは暗く、人出は多かった。
芝生になっている所に適当に腰を下ろし、買い込んだ食べ物を広げた。サイダーを1本渡してくれる先輩の左手には、俺と同じ指輪がはめられている。数日前に遅い誕生日プレゼントとして渡したもので、芸はなかったが同じ物を購入してペアリングにしたのだった。

腹がふくれた頃に慎二さんから連絡が来て、合流した。2人して両手に山ほど食べ物を抱えていた。俺の隣に座った慎二さんは、缶ビールを開けうまそうに飲み始めた。そのさらに隣に座った西園寺さんは、慎二さんがナンパばかりされていたと疲れた顔をしていた。

「ちげーって。あれ全部美波狙いだよ」
「慎二にばっかり話しかけてたじゃないですか」
「美波の愛想がないからじゃね? 元哉はナンパ大丈夫だった?」
「俺が威嚇しました」

さすがイケメンというべきか、隣にいるのがたとえ何のとりえもない俺だとしても話しかけたそうにしていた女の人達はたくさんいた。その度さりげなく進路を変えたりスピードを上げたりして全部接触を避けることに成功していた。

「ははは、宏樹時々殺し屋みたいな顔するもんな」
「え、そうなの? 俺見たことないけど」
「してないですそんな顔」
「大体元哉がらみだろ。眉間の皺がすげえんだよ」
「へえ、見てみたいな」
「だからしてないですそんな顔」

くだらない話をしていたら花火が始まった。さすがに大きな花火大会のように何万発も打ちあがるわけではないが、打ち上げ場所が近いのでそこそこの迫力がある。
たまやー!と叫んだ慎二さんはビールを飲み干し、「いい夏だったなー」と芝生に寝転んだ。

「宏樹達結局どっか行けた?」
「いや、大体このへんです。慎二さん達は?」
「そりゃもう海から山まで一通り。引っ張りまわしすぎて美波は疲れはててたけど」
「はは、そうなんですか」
「やっぱ宏樹次中免とれよ。そしたら4人でどっか行けんじゃん」
「そうですね、まあ検討してみます」
「あ、でも来年は美波いねえのか」

しんみり呟いた慎二さんの声は、多分俺にしか聞こえなかったと思う。ちらりと見た西園寺さんはじっと花火を見上げていた。なんとなく声をひそめ、こっそり尋ねてみた。

「追っかけないんですか?」
「イギリスまで?」
「あ、遠いですね」
「まあでもそれもアリか。そしたら一年の我慢だな」

それを考えれば、俺は二年は我慢しないといけないのだった。国内にいるとはいえ、学校が始まってしまえば長期休み以外は早々外出許可は出ないので。
でも、勘違いとはいえ一度別れの覚悟さえ決めてしまった俺にとっては、別れてしまうよりはずっとマシだった。付き合ってさえいればいつかはまた会える。

そっと先輩を見ると、先輩も俺達の会話は聞こえていなかったようで、花火を見上げている。俺もつられて花火を見上げた。
夏の夜空に満開の花火が打ちあがる。夏休みももう終わりだった。

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