▼ 01

さて、夏休みである。

夏休み開始直前までなんだか急に生徒会が忙しくなってしまったとかで先輩とのすれ違いの日々が続き、夏休みに入ってようやくちょっとゆっくり会えるかなと思ったところで、今度は俺が実家に召集されてしまった。
部屋もないしのんびり寮に残ろうかなと思っていたのだが、上から2番目の姉、夏子姉さんが結婚相手を連れてくるというので、急遽帰還命令が出たわけだった。
というわけで俺は現在、実家の居間の片隅で夏子姉さんに連れられてきた恋人を眺めていた。

「はっ、ははははじめまして松阪透と申しますどどどどうかあの、ふっ不束者ですがよろしくお願いしいたしまふ!」

可哀想なくらい緊張してがちがちになった夏子姉さんの恋人、松阪さんなる人物は非常にどもった上に語尾まで噛んだが、しかしそれも無理はない。
隣に夏子姉さん、正面に両親、その後ろに6人の姉妹と1人の弟、つまり俺と、加えて姉達の夫3人、子ども5人に囲まれているというその緊張は想像するに余りある。
俺はと言えば松阪さんの緊張っぷりに勝手にシンパシーのようなものさえ感じてしまって心の底から同情しつつ応援しているのだが、しかし残念ながら何の役にもたたないし、しかも居場所が隅っこすぎておそらく存在さえ認識されていないだろう。

そんなある意味完全アウェイの中でだらだらと冷や汗を流しつつ頭を深く下げた松阪さんは、そのまま勢いあまってテーブルに頭を打ちつけた。
ごん、と強めの音が響き、室内が一瞬しんと静まり返る。家の中なのにネクタイを締めた父さんは困惑したように固まり、母さんも急須を手に固まっている。夏子姉さんは助け船を出す気はまるでないらしくあからさまに笑いを堪えているし、松阪さんは顔を上げられないのかそのまま微動だにしない。さてどうしたものかと思った時、俺の膝の上に座っていた姪っ子、知香が俺を振り返り、無垢な瞳で言った。

「痛そう!」

その声を皮切りに、5人のチビ達が好き勝手に騒ぎ出す。

「アハハ頭打った!」「ねーねー透くん何歳? 夏子ちゃんより年下?」「ねえ桃お腹すいたー」「痛そう! 痛い? アハハ!」「夏子ちゃんのどこが好き?」

はたして喧しい5人組はまとめて退場となり、子守を押し付けられた俺も別室に追い出されたのだった。





「桜ちゃんが知香のクレヨン折った!」「ねーねーヒロくん翔子ねーユウジくんとソウマくんに結婚しようって言われたんだけどどっちがいいと思う?」「知香は悪くないもん! 床に置いとくのがいけないんじゃん!」「ユウジくんはかっこよくてね、ソウマくんはかけっこが速いんだけど、ねえどっちがいいと思う?」「ヒロくんの携帯変なぶたさんがついてるー」「買ってもらったばっかりなのに! 弁償してよ!」「えー優香ならユウジくんかなーかっこいい方がよくない?」「ねえヒロくんこのぶたさん何?」「でもママが男は顔で選んじゃだめよって言ってたし」「もしもししていい?」

叫ぶわ泣くわ喧嘩はするわ、同じ部屋にいるだけでどっと疲れる。だからせめて俺のことは石か何かだと思って放っておいてほしいのだが、構ってほしい盛りなのか喧嘩をしていない3人は俺を三方から引っ張りあっているのである。
しばらく途方に暮れたまま固まっていた俺は、桜と知香が取っ組み合いを始めたことで我に返り、慌てて2人を引き剥がした。するとどちらかの爪が俺の腕をしたたかに引っかいた。痛い。しかもここぞとばかりに誰かが足にしがみついてくる。

「ねえねえもしもししていい?」
と言いながら背中によじのぼってきたのは一番年下の桃で、右手には一体いつ取ったのか俺の携帯を握りしめている。
ちなみに言っておくが俺の携帯についているのは変なぶたさんではなく、俺の愛するラビ夫海の日バージョンのストラップである。

「分かった分かった。もしもししていいから美衣姉ちゃんに電話してこっち来てって言って」
「みーちゃん? なんばん?」
「電話帳に入ってるから。見方わかる?」
「あっ桜わかる! 桜が電話する!」
「うぐっ」
「あー!桜ちゃんがとったあ!」

足にかかる重量が二倍になり、多分足元でも喧嘩が始まった。しかし上半身は未だ暴れようとしている知香を抑えつけているため振りほどけない。「なあ桜と桃どけて」と頼んではみたが、年上2人は恋愛談義に勤しんでいて聞く耳を持ってくれなかった。
年上と言っても翔子も優香もまだ小学校低学年なのに、漏れ聞こえてくる会話によれば翔子は男2人に求婚され優香も将来を誓い合った彼氏がいるそうな。最近の子は皆早熟なのか、それともこの2人がませているだけなのか。
一方知香はまだクレヨンを折られた怒りをぶつけ続けている。

「知香のピンク!」「知香ちゃんばっかりクレヨン持ってきてずるいもん! 桜もほしい!」「おい落ち着けって」「知らないよそんなの! 自分のママに言えばいいじゃん!」「ねー桜ちゃん電話返して!」「やだ!」

ぎゃあぎゃあうるさいし暴れるし力は強いしもう無理本当に無理と思ったところで、扉が開き助っ人が現れた。美衣姉ちゃんである。
俺の足の上でバタバタしていたチビ2人をひょいひょいと抱き上げ、天の助けと思ったのも束の間、

「いてっ」

軽くなった足をそのまま蹴られた。

「なんでちゃんと大人しくさせとかないの? うるさいから様子見てこいってお母さんに追い出されちゃったんだけど」

いや無理だろ、と思ったが反論はやめた。無駄だからだ。
弟の地位はこの家で最下層であり、俺は姉達には口答えしないことにしている。

「ごめん」

だから素直に謝ると、美衣姉はため息をついた。

「ていうか本当にうるさい」
「ごめん」
「手伝ってくださいお姉様って言ったら手伝ってあげる」
「手伝ってくださいお姉様」
「よし」

という経緯を経て美衣姉は俺の隣に腰を落ち着け、ごっちゃになって喧嘩をしていた3人の頭をぺしぺしぺしと軽快にはたいた。

「うるさい、大人しくして」「だって桜ちゃんが!」「だって知香ちゃんが!」「やかましい。いい子にしてないとおやつ抜きだよ」「……」「……」

途端に静かになった。姉は強し。いや、伯母か。そもそも俺が舐められているだけなのか? 悩んでいるうちに優香と翔子の興味の対象も美衣姉に移った。

「ねえねえ美衣ちゃんはユウジくんとソウマくんどっちがいいと思う?」「誰か知んないけどどっちもキープしとけばいいじゃん」「そっかあ」「美衣ちゃん彼氏いる?」「いるよ」「かっこいい?」「うん、かっこいい」「顔で選んだの?」「まさか」「ママが顔で選んじゃダメって」「じゃあ何で選べって?」「お金」

マジで? 子どもに何教えてんだよ。と思ったら美衣姉も噴き出した。

「金かよ。男は優しいのが一番でしょ」「優香の彼氏優しいよ!」「優しさかあ。じゃあソウマくんかな」「だからどっちもキープしなって」

美衣姉も何教えてんだよ。
と思っている間にも、桜と桃は相変わらず俺の携帯を取り合っている。

「桃がするの!」
「だめ! 桃は分かんないでしょ桜がする!」
「つうかもういいよ。美衣姉ちゃん来たし」

思わず口を挟んだら、途端に両方ともに睨まれた。

「もしもししていいって言ったのに!」「電話する!」「桃がするの!」「桜だってば!」

もう石になりたいと思っていたら美衣姉にも睨まれた。

「電話くらいさせればいいじゃん」
「はい……」
「桃がする!」「桜がする!」
「はいはい順番ね。麻衣姉ちゃんにでもかけな」
「桃から!」「桜から!」
「じゃんけんしなさい」

有無を言わさぬ美衣姉の一喝に、大人しくじゃんけんが始まる。俺はなんて無力なんだろう。うなだれた俺の頭を、誰かがぽんぽんと叩く。顔を上げると、しゃがみこんで俺を覗きこんでいた知香が言った。

「ねーヒロくん、トイレ行きたい」


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