▼ 01

キスマークの話


突然だが、俺の同室者である小島の日課は風呂上がりに素っ裸で腰にタオルだけ巻いた格好で牛乳を飲むことである。

いや、それ自体は別に大したことではないのだ。7人も姉がいればそれぞれ色々な癖を持っているし、あられもない格好でそこらへんをうろうろする姿は見慣れていると言えば見慣れている。
しかし男兄弟はいないし運動部でもないから自分以外の男の体をまじまじと見たことはなかったので最初の頃はさすがにぎょっとしたが、今ではさすがにもう慣れた。

だが今日ばかりは違った。
なぜなら小島の胸元に、赤い痕がいくつも散らばっていたからだ。

ソファーに寝転んで捲っていた雑誌から顔を上げ思わず凝視していると、コップに注いだ牛乳をごくごくと飲みながら小島はちらりと俺を見た。
それから残りを一息で飲み干すと、再び俺に視線を戻した。

「何見てんの? なんかついてる?」
「え、いやまあ……」

ついてると言えばそりゃもうくっきりついてる。俺は誰かにつけたこともつけられたこともないが、しかし姉達のうちの誰かについているのを見たことがあるからそれが何かくらいは分かる。すなわち、キスマークというやつが大量に。
が、さすがに直球で言及するのも憚られたのでつい口ごもっていると、小島は怪訝そうに眉を上げ、それから俺の視線を追って自分の体を見下ろし、そして納得したように頷いた。

「あーこれね。付けんなって言ったんだけどなあ」
「痛くねえの? それ」

思わず聞いてしまったのは、一つ二つならばともかくそうも大量だと何となく痛々しく見えてしまったからだった。
だが、小島は平然とした顔で首を振った。

「別に全然」
「そうなんだ」
「うん、でも明日体育あるから着替えの時困るなー」
「あー……だろうね」
「大谷はないの? つけたりつけられたりしたこと」
「いやないけど」
「というか大谷って彼女いたことあるの?」
「は? いや、ないけど」
「ふーん、そうなんだ」

だろうね、と言わんばかりの生ぬるい目に若干イラっとはしたが、しかし生憎特にイケメンでもなければ目立つところもない俺が今まで女の子にモテたことも彼女がいたこともないのは事実なので、言い返すことはできなかった。
幸い今は先輩となんやかんやを経て順調に付き合ってはいるわけだが、小島にはまだ報告できていないわけで、それを声高に主張するわけにもいかない。

結局そのまま口をつぐんだ俺は、彼氏の愚痴とみせかけてのろけ始めた小島の話を適当に聞き流しながら、雑誌に視線を戻したのだった。





というような経緯を経て、翌日の夜俺は先輩に尋ねた。

「キスマーク付けたことありますか?」

と。

それはただの好奇心というか興味本位というか、単に一つの話題として聞いただけであって、別段深い意味はなかった。
が、驚いたように俺を見た先輩は、すぐに何だかものすごく複雑そうな顔をした。

「……ええと、何で?」
「え? あーえっとですね、実は昨日小島が」

その表情の理由は分からないながらも何となく焦った俺は、小島の体に散らばっていた痕について話をした。
それを一通り聞いた先輩は、表情こそ戻さなかったものの納得したように頷き、そして言った。

「試してみる?」
「え、何をですか?」
「キスマーク。付けてあげようか」
「え……」

一瞬ためらったが、確かに興味はあった。考えなしだったのだ、俺が。
軽い気持ちでじゃあちょっとお願いしますと言った俺に、先輩は複雑そうな顔のまま、読みかけだった「アナコンダ殺人事件」というこれまた謎のタイトルの本を閉じ、座っていたソファーの隣をぽんぽんと叩いた。
その下でテーブルに向っていた俺は、数学の教科書を開きっぱなしのまま、そこに乗り上げる。

「どこにつける?」
「どこが一般的ですか?」
「一般的……かどうかは分かんないけど、まあ、つけやすいのは首とか」
「へえ」
「でも見えないところの方がいいよな」
「あ、はい、そうですね」
「じゃあ胸とか」
「……」

そんな会話をしながら、ふと気づいたらいつの間にかソファーに押し倒されるような格好になっていた。ごく自然な流れだったので、思わず目を瞬いてしまった。

先輩のひんやりした指先は、さりげなく俺の首筋を撫でた後、俺のカッターシャツのボタンをあっという間に外した。
あまりにも鮮やかな手つきに目を丸くしているうち、先輩の手はシャツの下に着こんでいたTシャツの裾にかかり、そこで俺はようやく我に返った。

「ちょっ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「脱ぐんですか……?」
「全部脱がなくてもいいけど。でもめくらないとつけられないよ」
「そ、そうですよね」

どくんと心臓が騒いだ。確かに先輩の言う通りだ。キスマークをつけられるということはそこを晒さないといけないわけで、いや確かに俺は男なので上半身裸くらいなんてことはないはずなのだが、しかし相手が先輩となると話は別だ。
体育の授業前後に同級生の前で、あるいは部屋で小島の前で着替えたりする時とは訳が違う。

「あの、やっぱり」

と、思わず撤回しようとしたが、先輩の手は止まってはくれなかった。Tシャツの裾がまくり上げられ、俺の貧相な胸元があらわになる。
思わず息をのむと、先輩は目を細めて俺の胸に掌を押し当てた。

「緊張する?」
「して、ます……」
「早いね」

俺の心臓はとっくに、うるさく騒ぎ始めていた。そこで俺はようやく気が付いたのだった。なんだかとんでもないことを頼んでしまった、と。
しかしそんな俺の心を知ってか知らずか、かすかに笑った先輩は、そのまま上体をかがめた。さらりとした前髪が、首元をくすぐる。

「……っ」

うっすら濡れた唇の感触。それから、ちり、とかすかな痛み。思わず目を閉じる。少しして顔を上げた先輩は、「ついた」と囁きそこを指先でなぞった。視線を下げると、鮮やかな赤い色が一つ。

「痛かった?」
「痛くは、ないですけど」
「けど?」
「いや……」

曖昧に首を振った俺の胸元をなぞり、先輩は「もう1個つけていい?」と尋ね、尋ねたくせに返事もきかずにまた上体をかがめた。少し下に、もう一度先輩の唇が触れる。

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