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動きを止めた先輩を押して体をよじれば、振り返った先、慎二さんの部屋からは4対の目が覗いていた。慎二さんの下にかがんで目を輝かせていた書記、床にうつ伏せになって無表情ながらまじまじとこっちを見ている会計、そして1歩引いた後ろで呆れたように3人を見下ろす副会長。その光景に、思わず息をのむ。

まさか見られていたということだろうか。しかしどこから? と、先程までとは違う羞恥で爆発しそうになった俺に構わず、不満げに頬をふくらませた書記が慎二さんを見上げた。

「もーいい所だったのに! なんで止めちゃうの!」
「いやーだって宏樹困ってたし。無理矢理はいかんよ、やっぱ」
「分かってないなあ慎二は。嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん!」
「いやいやダメだって。ちゃんと段階を踏んで同意をとらんと。な、美波もそう思うよな?」
「え? ええ、まあそうですね」
「えー! 嘘くさっ! 西園寺さんだって隙あらば慎二を押し倒したいくせにー」
「なっ! 何言ってんだよ!」
「そ、そうですよ何言ってるんですかそんなわけないでしょう、僕はちゃんと段階を踏んで同意をとるつもりですしだからこそちゃんと告白だってしましたし」

顔を赤らめる慎二さんと副会長、そしてニヤニヤしながら2人をからかう書記、さらにそれを興味深げに眺める会計。4人の闖入で、ついさっきまでの緊張した空気は一気に霧散した。
ついでに俺の唇の貞操も守られたわけだが、しかし覗き見されていたとは一生の不覚である。確かに考えてみれば隣の部屋に人がいるような状況でこんな話に及んだこと自体が間違っていたのかもしれないが、そもそも俺としてはこういう話が始まることさえ寝耳に水だったわけで。

気まずい、いや恥ずかしい、と思いながらちらっと視線を戻せば、しばらく固まっていた先輩はいつの間にかふるふると震え始めていた。さすがに先輩も恥ずかしいのだろうか、いや先輩としては役員の人達との付き合いが深い分余計に恥ずかしいのかもしれない、
と思ったのだが、

「やっと見つけたぞ、北条と咲本!」

どうやら羞恥にうち震えていたわけではなく、ただ怒っていたらしい。今まで仕事を押しつけられていた鬱憤でも爆発したのか、名指しで怒鳴りつけられた書記と会計が途端にびくっと体を震わせて顔を見合わせる。

「お前ら俺の連絡ことごとくシカトしやがって! こんな所で遊んでやがったのか!」
「ま、まあまあ周防さん、仕事サボったのは悪かったけどお」
「けど? けど、何だよ」
「……いつものことじゃん?」

えへっと笑ってみせた書記に、尚更悪いだろ、と思ったのは俺だけではなかったと思う。ますますこめかみをひきつらせた先輩を見てか、会計がすかさずフォローに入ったが、

「本当すいません、慎二と西園寺さんの甘酸っぱい青春が面白すぎてつい」

しかし全くフォローになっていなかった。

「ああ!?」
「いやっ、いやいや、反省してます本当に。それに」
「それに?」
「その辺にしとかないと、ほら、その……誰だっけ、大田? もびっくりしてますし」

いつもの穏やかで優しい先輩と今怒っている先輩とのギャップに驚いているのは事実だが、しかし俺の名前は大田ではなく大谷である。
と、それは別に関係なかったと思うが、結局先輩の怒りをおさめられなかった会計と書記はその場で正座させられ、その後小一時間先輩のお小言をもらったのだった。



「……ごめんな、色々と」

その日の別れ際、既に普段通りに戻っていた先輩は、しかし少し気まずそうだった。
会わなかった期間や俺が恥ずかしながら泣いてしまったことを言っているのか、それとも俺に、その、迫った……? ことを引きずっているのか、はたまた後輩を叱る場面を見られたことが気まずいのか。
どれについて言っているのかは分からないが、俺はただ頷いた。

「あの」

それから思い出して、慎二さん達の目を盗んでこっそり付け足した。

「また前みたいに会ってもらえますか?」

見上げれば、先輩はぱちりと瞬きをして神妙な顔をする。

「そりゃもちろん俺は嬉しいけど……大谷こそいいの?」

あれ、名前で呼ぶんじゃなかったのか?
とは思ったものの、それは些細なことだ。というか自分からそれを言い出すとただのやぶ蛇になりかねない。だから心の中で飲み込んで、本題に戻る。

「俺は、あの、できたらまた」
「…そっか、ありがと。あいつら仕事に戻らせたらまた余裕できるから、そしたらまた会いに行くから」
「あ、そうだそのことなんですけど」

すいません、と謝ってから伝えたのは、あの場所を風紀委員長に見つかってしまった話だ。もうあそこには行かない方がいいかもしれないと言うと、先輩は眉を寄せて小さくため息をついた。

「まーたあいつか」
「え、また?」
「あ、いや、いやいやあいつ嫌味ばっかり言ってくるし腹立つからさ、またあいつかと思っだけ」
「……そうなんですか?」

やや焦った様子を一瞬見せた先輩は、多分また何かを隠している。しかし問いただすような雰囲気でもないし、それに今までのことは全部話してくれたのだから、多分これはそうたいしたことでもないのだろう。だから代わりに、仲悪いんですか、と聞けば、先輩は「悪いなんてもんじゃない」と盛大に顔をしかめた。

「本当にあいつは……いや待てよ、わざわざあいつの話なんかして苛々することもないか」
「え、ああ、すいません」
「いやいや、いいんだけど。というか俺こそごめん。でもそれより、そういうことなら他の場所探さないとな」
「ですよね、どうしましょう」
「うーん、すぐに思いつくような所はさすがにないけど……あ、じゃあ、ええと、連絡先とか聞いてもいい? どっか探してまた連絡する、から」
「あ、はい」

微妙に緊張した面持ちの先輩は、やすやすと俺から連絡先を聞き出した慎二さんとは正反対だ。俺もそうだが先輩も積極的ではないタイプなのだろうか、と、少し気恥ずかしくもあるがどこか微笑ましくもなる。
頷いて携帯を取り出すと、先輩もポケットからいそいそと携帯を取り出した。それについている、俺があげたラビ夫のカバー。連絡先を交換する拍子にかちんとぶつかり合ったそれに、つい頬が緩んだ。

「ん? どうした、何で笑ってんの?」
「いえ、……あ、そういえばラビ夫の新作出ましたよ。麻衣ちゃんに2個頼んだんで、良かったらまた貰ってください」
「お、そっか。ありがとな」

嬉しそうな先輩の笑顔と、俺の携帯画面に表示された『周防元哉』の文字。
ようやくちゃんと繋がった、そんな気がした。

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