▼ 球技の話

「なあ、そういえばさ」
「はい?」
「球技大会何に出るの?」

俺と先輩平日は毎日放課後の数十分、時には日が暮れるまでの数時間を共にしているが、何もその間中始終喋り続けているわけではない。話好きのうちの姉達ではあるまいし、毎日顔を合わせていればそういつもいつも話すことがあるわけでもないので。
幸い先輩は沈黙が苦にならないタイプの人らしく、だから俺達は時にはお互い別のことをしていたり(先輩は読書、俺は勉強とか)、たまにはお互いぼんやりと煙草をふかしていたりもする。

その日先輩がそう尋ねてきたのもそんな風にぼんやりと木々の隙間から空を見上げていた時のことで、かつその球技大会が翌日に迫った日のことだった。

「球技大会……ああ、卓球だったような……?」

中学の時に将棋部に所属していたことからも分かるように、俺はインドアかつ文化系で、スポーツで活躍するタイプでは全くない。極力移動範囲の少ない競技、かつ人に迷惑をかけない個人戦となれば、おのずと卓球一択だったのだ。
もっとも、人に迷惑をかけないようにとは言っても、個人戦を選んだのには早々に負けて適当にこの辺りでサボりと決め込みたいという下心もある。

「卓球かあ。ふーん」
「先輩は?」
「あ、俺出ないよ」
「出ない!?」

そんな選択肢があるなら早く知りたかった。
いや、しかし種目決めのホームルームでは全員強制参加のはずだったのだが。

「出なくてもいいなら俺も休みたい……」
「はは、球技嫌い?」
「嫌いというか……俺が元気に駆け回るタイプに見えますか」
「見えないなあ」
「でしょ。ねえ、どういう裏技なんですか? 後学のために教えてくださいよ」
「裏技っていうか、……ん?」
「え?」
「……いや、うん何でもない。まあでも競技でなくたって裏方仕事はあるからな。一日中びっちり」
「ああ、そういうことでしたか。それじゃあ出てさっさと負けた方が楽なのかな」

裏方仕事というからには行事の運営に関わる委員会にでも入っているんだろうか。風紀、はないだろうとして、何だろう、あるのかは知らないが体育委員会とか保健委員会とか?
まあ俺が実践できないならどうでもいいことなのではあるが。

「先輩はスポーツとか得意なんですか?」
「得意そうに見える?」
「見えます。背も高いし」
「身長は関係ない気がするけど」
「でもバスケとかバレーとかはあるにこしたことはないんじゃないですか? ドッジボールとかはない方がいいのかもしれないけど」
「ああ、そうか。体動かすのは好きっちゃ好きなんだけど」
「けど?」
「球技音痴なんだよな、俺」

先輩のしょんぼりした顔には例えるなら店の前で飼い主を待っている子犬のようなかわいらしさがあって、だからつい笑ってしまった。しかし歌の音痴や方向音痴は聞いたことがあるが、球技音痴というものが存在したとは。世の中は広い。

「いや本当にダメなんだよな。パスは取れないしラケットには当たらないし、俺嫌われてるのかも」
「はは、ボールに?」
「いやいや本当に。笑い事じゃないんだよ。だから本当はさ俺も球技大会出たかったんだけど……」
「えっ、まさか戦力外通告ですか?」
「まあそんな感じ。ひどいよなあ」
「それはそれは」

球技大会に出たい先輩と出たくない俺。
クラスが同じならば俺の代わりに卓球に出てもらいたいところだが、そうもいかないのが現実の厳しいところである。

「しかしあれですね、イケメンにも弱点はあるんですね」
「あるよそりゃあ。というか別にイケメンじゃないし……」
「またまた。謙遜ですか?」

なんだかんだ言ったがやっぱり先輩が格好いいのは客観的な事実に違いない。俺が先輩ならばそうだよ俺はイケメンだよと開き直るところだが、先輩はまたしても眉を下げただけだった。

「まあ大谷に誉められんのは嬉しいけどなあ……」
「……」

実際先輩にそうだよ俺はイケメンだよと開き直られるのも微妙だが、しみじみとそう言われるのもそれはそれで困るものがあった。

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