▼ 家族の話

先輩に借りた例の本の件だが、騙し騙しページをめくった結果現在半分ほどまで進んでいる。
現代文の教科書を除けば子どもの時の絵本以来読書をしていなかった俺だが(絵本を読書と言えるかどうかはともかく)、なかなかどうして読み始めると意外に面白かったのだ。拙い読書歴では何を読んでも面白いのか、それとも先輩に借りた本が特に面白いのかは分からないが。

「犯人は村長の息子かなと思うんですけど」
「ふふふ、どうかなあ」

ちなみにやっぱりオオウナギのオの字も本文には出てこない。釈然としないものはあるが、俺がちょこちょこと話を振る度先輩が嬉しそうにしているので、それはそれでなかなか張り合いがあるというものだ。

「ところでちょっと気になったんだけどさあ」

話は変わるんだけど、と切り出した先輩の右手には、俺と同じ銘柄の煙草が1本。
先日の嫌な予感は的中し、先輩にはすっかり喫煙の習慣がついてしまったらしい。良家のご子息に悪い遊びを教えた罪で俺が罰せられたりしなければいいのだが。

「なんで進学先ここ選んだの? 実家このへん?」
「いや、別に遠からず近からずって感じですけど。うーん……」

特に高尚な志望動機があったわけではなく条件と環境を照らし合わせた上での消去法なのだが、それをそのまま言うのもどうだろう、と少し躊躇う。
……いやまあ、別にいいか。

「奨学金が貰えたら小遣いアップっていうのと」
「はは、小遣いか」
「あとは、特待生で合格させてくれた所で寮があるのがここだけだったんで」
「寮? 家出たかったってこと?」
「まあ、ですね。うちは、あの……」
「いや、別に言いにくいことだったら無理しなくてもいいよ」
「まあそんな大層なことではないんですけど」

おそらく家族との折り合いが悪いとか、その類の複雑な事情を想像したのだろう。神妙な顔をした先輩には悪いが、しかし事実は全く大したことはない。ただ少し恥ずかしいというだけで。

「あのですね、うち大家族なんです」
「大家族?」
「それで、単に部屋が足りないから家を出たかったっていうだけで、そんな複雑な事情は全くないんですけど」
「ああ、そうなのか」
「でも実際困るじゃないですか。実家にいると高校生になっても姉ちゃん達と同じ部屋になるから、その、まあ色々と大変だし」
「ははあ、色々とね」

可笑しそうに笑った先輩には、今度は正しく伝わったらしい。
正しく伝わったら伝わったで、それはまた別種の居たたまれなさもあるのだが。

「大家族って何人くらい? 爺ちゃん婆ちゃんとか?」
「いや核家族ですけど。でも姉が、……」
「たくさんいるの?」
「はあ、まあ……7人ほど……」
「7人?」

驚きに見開かれた先輩の目。
家族の話が恥ずかしい理由は、どうしてもこんな風に驚かれてしまうことに尽きる。絶対に男の子が欲しかったから、と両親は言うが、実際俺も含めて8人も子どもがいるなんて何というかこう、そういうことが好きな両親みたいじゃないか。
というわけで思わず視線を伏せた俺に、先輩は納得したように小さく笑った。

「そっか。俺の家の逆パターンなんだな」
「逆?」
「うちは5人なんだけど男が4人続いて、母さんがどうしても女の子が欲しかったらしくてさ、去年やっと妹が生まれたんだよな。大谷も待望の男だったわけだろ」
「……先輩は何番目なんですか?」
「2番目。また男かってがっかりされたらしくてさあ、小さい時の写真とかあんまりないんだよね」
「ふうん……」

5人と8人、兄弟の数は違うが、先輩も同じような親を持っているわけか。

「しかしあれだな、お姉さんが7人かあ、どんな感じ?」
「いやもう、やかましいってもんじゃないですよ。恥じらいは皆無だししょっちゅう苛められるし。女への幻想は木っ端みじんに消える感じ」
「はは、こわいなあ」
「待望の男のわりには異様に肩身狭いし。母と姉達が喋ってる隅っこで俺と父は縮こまってます」
「へえーちょっと見てみたいな」
「怖いものみたさ? でも姉ちゃん達イケメン大好きだから先輩が来たらいい餌食ですよ」
「イケメン?」
「え、先輩自覚ないんですか?」

俺が先輩の顔で生まれたらさぞかしナルシストになるだろうと思うのだが。

「……いや、え、あ、そう……。え、俺のことイケメンだと思ってくれてるの?」
「え? むしろ思わない人なんていないでしょ」
「いやいや。……いやいや」

喜べばいいのか否定すればいいのか、とでも言いたげな複雑な顔。そんな難しい表情で黙り込んだ先輩を、改めてまじまじと観察してみる。初対面からこんなイケメンはいないだろうと思うほど内心で先輩を絶賛していた俺だったが、ここにきてどうにも不安になったのだ。
先輩が格好いいのは客観的な事実だと思い込んでいたのだが、もしや先輩の顔が俺の好みだというだけだったのだろうか、と。

「……いやいや、何だよ好みって」
「え?」
「あー、いや、何でも」

もしかして男同士で云々してしまうこの学園にいつの間にか染まりつつあるのだろうか、いや本当に恐ろしい。だが恐ろしいと思うということはきっと違うということなのだろう。
一人ほっと胸をなで下ろす俺を、先輩は不思議そうな顔で見ていた。

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