まずいことになった。満を知人に合わせるのは避けたかった。特に浮島なんてもっての外である。
 居間で浮島を待たせることになったが、結果的に満と彼をふたりきりにすることになってしまった。
 浮島は悪いやつではないがキツイ性格をしているから、その苛烈さが満へと向かないか不安であったが、さすがに浮島も幼い子供にまで怒鳴り散らしたりするような奴ではないだろう。
 友人の事を信じながらも、それでも気まずい空気になっているであろう居間のことが気がかりで仕方なかった。
 結局予定した時間を少し超えて、ようやく原稿は完成した。
 
 「待たせたな」
 そう言って出来たての原稿を手に二人の元へ行くと、そこには尋常ならざる空気が立ち込めていた。
 二人は互いに無言で目を合わせず、満は居づらそうに俯いていた。
 満が出したのであろう机上に置かれた湯のみには、ふたりとも手を付けずにあった。
 俄に冷えた指先で持った原稿を何も喋らないままの浮島へと渡した。
 「手間をかけて悪かった。持って行ってくれ」
 浮島は心なしかいつもよりぶっきらぼうに紙束をひったくると、私の仕事の怠慢がないかとパラパラと流し見た。
 そんな確認などは編集社などの専門家がいるのだからそちらに任せておけばいいと思うのだが、こいつは無愛想な割に、そういうおせっかいな性癖を持っているのだった。
 確認を終えた浮島の表情からしておそらく不備はなかったのだろう。
 どうか穏便に事が済みますようにという私の願いが天に通じたのか、彼はそれじゃあな、と言うと荷物を引っさげて帰って行った。
 と、思ったのもつかの間、浮島は居間の扉から顔を出して「今夜開いているか」と問うてきた。
 断るのも恐ろしく声もなく頷くと、浮島は満足したのかそのまま出て行った。
 玄関の引き戸がピシャリと閉まる音が静かな我が家に唯一響き、ようやく満と顔を見合わせて一息ついた。
 
 「満、知らない者と二人きりにしてしまって悪かったね。 あいつに何か言われなかったか? 悪いやつじゃないんだが、やたらと口が乱暴なんだ」
 満はまだ少し緊張した面持ちでふるふるとゆっくり首を横に振った。
 「大丈夫です。 何もありませんでした。 お客様が何もおしゃべりにならなかったので、私何かしたのではないかと……」
 「気にしなくていい。 あいつは口数が少ないんだ」
 浮島は不機嫌でなかった訳ではないが、むしろ彼が不満だったのは満ではなく私の方であった。
 満をなだめながらも、満のことをなんと説明すればいいのかと、今夜待ち受ける尋問に恐れ慄いていた。
 酒場で少女を買ってきたと、嘘をついて誤魔化さなければならないような間柄ではない。
 しかし、浮島はその不道徳さよりも私の生活力のなさを責めるのだろう。
 金も甲斐性もないくせに女など買って……と詰られる今夜の自分を想像するとなかなかに哀れで、憂鬱が重く募った。
 
 日はもう沈みきっていた。
 いつも浮島とくる飲み屋に一人で赴いたものの、まだ彼は来ていなかった。
 よく考えれば夜と言うだけで時間までは決めてなかったのだから、落ち合えるまでは待つしかない。
 腹の底がそわそわとして、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、浮島を待つしかなく潰れない程度にちびちびと飲んでいた。
 一時間くらい経っただろうか。何人かが店に出たり入ったりして入り口に目をやるのだが、それにしても浮島は未だに来なかった。
 時間が決まっていないとはいえ、人を呼び出しておいてこれほどに待たせるなんて非道じゃないのか。
 そんな風に苛ついていると、またがらがらと店の戸が開く音がした。
 顔を上げてまた浮島でないことを認めると、手元に視線を下ろそうとした。
 その時、入ってきた眼鏡の青年がが確かにこちらを見て手を上げたのが見えた。
 誰か知り合いか? と怪訝な眼をその人に向けると、確かに彼は見知った人であった。しかも、肩に何か背負っている。
 その人は確か大学校の先輩であったはずだ。私とは少し面識がある程度で名前は思い出せないが、浮島とは仲が良かった人なので、その面影はなんとなしに覚えていた。
 「やあ、四条君。 久し振りだね。 君にお届け物だよ」
 そう言って眉根を下げながら笑う彼は、肩にぶら下がっていたものを私の前の席にどさりと落とした。
 うめき声を上げながら時折ぴくりと動く、それは私が長時間待ちわびていた浮島であった。顔は真っ赤に染まり、目は焦点が定まっていない。相当出来上がっているように見えた。
 本当なら人を呼び出しておいて自分は他の者と飲み歩いていたなどと言語道断と、たたき起こしてやりたいものだった。
 しかし、こんなことは浮島という男には大変珍しいことだったので、しげしげとぼんやりした彼の赤い顔を見ていた。
 
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