向き合ってみて、初めて知ることがある。
少なくともサクラはそんな当たり前のことに今更気付いて、暫く屋敷の前に佇んでしまった。
この家に嫁いでからまともに潜ったことの門の横には、初めて目にする表札がぶら下がっていた。
彼の字(あざな)とその下に連なる己の名前。
まぎれもないサクラの三文字。
うちはを潜ることとずっと避けていたのはサクラ自身だった。
こんな些細な日常の変化さえも気付けぬほど、自分で一杯だったのだ。
感覚の鋭い指先でサクラはゆっくりとその文字を撫でた。
愛しい名だ。
そう思えるほどゆっくりと。

「サクラ」

夜道に独りじゃ危ないからと、らしくないことを言って送ってくれたサイがとうとうその動作を止めた。
思わず振り返ると、困ったような笑みを浮かべた男は首を傾げる。

「あ、ごめん」

我に返ってサクラは謝った。
自分の行動が急に恥ずかしいものに思えて俯いてしまう。

「送ってくれてありがとう。もう此処までで大丈夫だから」

気恥ずかしさを誤魔化そうと、早口にじゃあね、と言ってサクラが右手を上げかけると、サイは首を横に振った。
溜息をついて、やんわりと笑う。

「僕もちょっと用事があるんだ、サスケ君に」
「サスケ君に?」

彼の口からサスケの名が飛び出すとは思ってもみなかったので、多少の驚きはあったものの、相変わらずのサイの頬笑みがそれ以上追及することを拒んだ。

「とりあえず入ろう。サスケ君に会わなきゃ何も始まらないだろう」

サクラの肩に手を乗せて、くるっとその身体を向き直らせた彼は、ほぼ強引にうちはの大きな門を何の躊躇なく潜った。
門にはセンサーが使用されており、人影がすると外灯がつくようになっている。
今回も例外なくぱっと光を放った。
少しばかり眩しく感じられて、サクラは目を顰めた。
門から玄関までは不規則に、それでも風情ある石畳が並んでいる。
その石が導くままに玄関前までやってきて、引き戸を開けようとサクラが手を掛けたその時。
ガラッ。
サクラの意図していなかった早さで乱暴に開け放たれた引き戸からは、今まで見たこともないくらいに焦燥しきったサスケが顔を覗かせた。
サスケの目は至近距離にいたサクラよりも先に彼女の一歩後ろで佇んでいたサイを捉える。
サスケは瞳を見開いた。
驚愕したような、憤慨したのような色を浮かべた緋色はサイの頭の先から足の先までをも睨みつけた。
全く予想通り過ぎて参ってしまう。
肩を竦めたサイであったが、直後その彼の手に握られた異物に気付いた。
サクラも思わず手で口を覆った。

「サスケ君、右手…」

言われてサスケは指差された右手を見やる。
鳴くことしかできない恒温動物は、今や鳴くことさえも侭ならずサスケの手の中で苦しそうに悶えていた。


「それは食べてもおいしくないと思うよ」


悠長なサイの台詞が、臨終際の雛の命を救ったといっても過言ではないだろう。



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