隠された真実がいつだって残酷なことを、嫌というほど自分は知っている。



dearly



昼間、いのと別れてからサクラの家までをサスケは覚えていなかった。
いつものように明るく出迎えたサクラに任務の内容を告げ、昨日までだと忠告しておいたはずの大量の始末書を受け取ったことは確かなようだ。
その間のサクラの表情が全くわからなかったのは、彼女の顔が見れない自分がいたからだ。





夜の帳が降りた里の一角で、里を守るために務めに出ようかという人影が三つ見受けられた。
部隊長であるサスケと、その第一の部下であるサクラ、もう一人はサスケと同期で暗部に配属された青年。
彼とはあまり深い関わりはないのだが、その実力は里でもサスケと争うほどで、里きっての幻獣使いであり、連絡係にはうってつけの人材だ。
今回の彼らの作戦は三段階に分かれている。
敵が複数ということで、いち早く感知されやすいということもあり、最前線を務めるのが三人。
それも手練ぞろいで固めているため、よっぽどの相手じゃなければこの段階で蹴りはつく。
だがもし、手古摺ることがあった時のために、連絡係のこの青年が応援要請の幻獣を里へ使わせる。
ここが第二段。
第三段となると、それは言わずもがな最悪の自体となる。







武具庫で忍具の調達を進めていたサスケの頭からは、いのに聞かされた話がどうも離れない。
サクラの真実。
身体を武器に使う、そのわけ。
武具庫に一つしかない窓から、よく覗く月。
その夜も今宵のように皮肉にも綺麗な満月だったという。
一人の男に穢されたサクラの身体。
凌辱されたことは、いのと綱手しか知らないことだ。

しかも――それはサクラの身体に命が宿っていることが発覚したあとだったという。

悩みの末に出した堕胎という決断の答えは、不妊という悲惨すぎる結末であった。

サクラはその時の無力さと愚かさを未だに悔んでいる。
身体を使って男を惑わすことで自分を犯した男への恨みを晴らしているのか、身体を売って情報を集めることは不妊である自分が適任だと考えているのか。
子と無縁になった身体を持って、彼女が何を考えるのかそれはいのさえもわからない。

――なるほど。

それでようやく、彼女がサクラに忍びを辞めさせたがっている理由がわかる気がする。
男と対等に渡り合わなければならない世界で、女としてサクラは有利すぎた。
その有利さがどんどんサクラを深みにはめる。
足掻いても足掻いても過去が彼女を縛って離さない。

――サクラは今何を思うのだろうか。

ガチャ。

扉が開く音がサスケを現実にと戻らせる。
止まっていた手をせわしく動かすふりをして、必要な忍具を身につけていく。
背後から近づくその気配は、慣れたもの。

「サスケくん?」

恐る恐るその声はなった。

「サクラか」

振り返ると、サクラが上目遣いでにっこり笑った。

「その…どうだった?」

少し恥じらいながら、尋ねる彼女の声音は可愛らしく作ってあり、

「何が」

その真意に心当たりがなくてサスケは首を傾げた。

「始末書。ナルトにはもう出しちゃった?」

なんだそのこと。
今の今まですっかり忘れていた。

「ああ、さっきちゃんと出しといた」
「やっぱり?」

あちゃーと大げさにサクラが己の額を叩いた。
そして後ろ手に隠していた何かを顔を隠すように差し出す。

「書類間違えちゃって。始末書はこっちなの」
「じゃあさっきのは、」
「色の忍術書。ナルト、気絶するかも」

サスケは深いため息を吐いた。

「サスケ君ならちゃんと中確認すると思ってたから、もしかしたらまだ提出してないかなって…遅かった?」

そうだ。
いつもなら部下の提出書類は一応ちゃんと目を通す。
通さなかったのは、考えごとが絶えなかったから。

「ごめんね?」

その考えごとの主は、甘い声で詫びを入れている。
もう一度盛大なため息をついて、サスケ小さく首を振った。

「わかった。ナルトには俺がうまくいっとく」

どううまく言えるものか。
色の忍術書だ。
自分が間違えて出してしまったとでもいうべきか。
否、そんなこと己の沽券に関わる。

「それだけなの。準備の邪魔してごめんね」

明るく笑ったサクラが武具庫を出ようと扉に手をかけた。
その手を、

「待て」

どういうわけか制してしまって、サクラが足を止める。

「なに?」

彼女が小首を傾げた。

「――…いや、三十分後に発つぞ。場所を頭にたたきこんどけよ」

制した理由はもっと別にあったのに。
気のきいた言葉なんて用意されているはずもなく、不器用に発した台詞はサクラの耳にどう届いたのだろうか。
すると、小さくサクラの唇が笑った。

「いのから聞いたんでしょ」

自ら、サスケの意の中に飛び込んでくる。
驚いた瞳の色はどうやら隠せなかったようだ。
笑みを浮かべた彼女の唇がくすっと声を出した。

「気にしないで。もう――昔のこと」

そう言って作った笑顔が笑っていないことを、本人は気付いていたのだろうか。
少なくともサスケの胸は金縛りにあったかのように、震えて固まってしまった。

ああ。
こんな時になんて、答えることが正解なのだろう。

頭の中に言の葉を探す船を浮かべても、何一つ見つからなくて。
黙りこくったサスケを後に、サクラが静かに部屋を出た。
昼間自分の家を訪れたサスケの様子がいつもと違うことには顔を見ればすぐわかった。
だから、わざと始末書と間違った資料を渡してみた。
彼を試すつもりで。
案の定一切サスケは気付かなかった。
そして何より隠すことができなかったのは、サスケからした薔薇の香り。
感謝祭で毎年いのが出店する薔薇の催しは大盛況なのをサクラは知っていた。
香りが物語る。
さっきまでいのと一緒にいた事実。

すぐに繋がった。
一番知られたくないサクラの過去を彼が知ってしまったことを。

「……」

今夜は満月。

サクラの眼の奥に消えてやまない光景がフラッシュバックする。
だが、すぐに消し去るかのように首を震わせる。

嫌な月だ――。


その予感は、杞憂なんかではなかった。


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