男は松、女は藤と言うけれど。 | ナノ




「……で、子猫を虐めた奴らと喧嘩してる最中に転んで足を捻った、と。」
「……うん。」
「松姫(まつき)、喧嘩はしないって約束、覚えてるだろ?」
「ごめん、」
「松姫(まつき)は悪くない。俺が着いて行けば……。」
「いっ、一松は本当に悪くないの!」

子供部屋の襖を背に、廊下で体育座りをしながらカラ松兄さんと一緒に中の声に耳を澄ませる。ここに来た時には既に喧嘩した経緯の話は終わってたけど、多分、一松兄さんが連れてきた子猫を虐めてた犯人と喧嘩したんだと思う。
「松姫(まつき)は悪くない」「一松は悪くない」と二人の声が何度か交差された後、ふと、二人の声がピタリと止んだ。恐らくおそ松兄さんが二人に何らかのアクションを起こしたんだろう。おそ松兄さんが何をしたのか気になるけれど、ここはぐっと堪えて、膝を抱きしめる腕に力を込めた。

「猫は一松に任せるわ。松姫(まつき)はとりあえず明日病院な。」
「わかった。」
「……わかった。」
「カラ松に運転でもしてもらって三人で行こうぜ。」
「……ん?何でカラ松?おそ松が運転すれば、」

「良いんじゃない?」という松姫(まつき)の言葉とほぼ同時。背凭れにしていた襖がスパンと音を立てて開け放たれ、僕は膝を抱えたままコロリと背中から転がった。それから見えたのは天井、ではなく、僕を覗き込むおそ松兄さんの顔で。ニコリ、と普段の笑顔とは違った心の籠っていない笑顔に背筋が凍る。何も怒られていないけれど、その表情はまるで「なに盗み聞きしてんの?」だ。

「カラ松は暫く松姫(まつき)の奴隷。」
「ん?言い方に悪意が、」
「十四松は松姫(まつき)と外遊び禁止。」
「えっ、」
「足怪我してんだから当たり前だろ。遊ぶなら動かないやつな。」
「あ、そっか!わかった!」

外出禁止。結局、おそ松兄さんが言いたいのはそういう事なんだと思う。僕がではなく、松姫(まつき)が。
おそ松兄さんがこの世界の何よりも松姫(まつき)を大切にしていることは僕にだってわかる。だからこそ、松姫(まつき)がこうして怪我をして帰ってきたことが悔しいだろうし、その悔しさを誰にもぶつけることのできない現状が辛いんだと思う。いつもより少しきつい言葉を使って僕達を束縛し、松姫(まつき)を大切にしたい気持ちを真っ直ぐに伝える余裕を持てないほどには。
こういう時、僕はどうすれば良いのだろう。おそ松兄さんが、松姫(まつき)を傷つけられて悔しい気持ちを押し殺して僕達に笑顔を向けているのはわかってるし、松姫(まつき)を大切に思う気持ちだって痛いほどよくわかっている、のに。

「ヒヒッ、じゃあおそ松兄さんは松姫(まつき)の監視役で。」
「か、監視されるの!?」
「おー、いいなそれ!いただき!」
「待って、あたしの自由は……。」
「それは怪我してくるお前が悪い。」
「返す言葉もございません。」

悶々と考えていた僕の思考に割って入ってきたのは、一松兄さんの声だった。きっと、似たようなことを考えていたのだろう。松姫(まつき)とおそ松兄さんの会話の隙に、パチリと目が合った一松兄さんは、僕にニヤッと笑って見せた。おそ松兄さんも、これで少しは松姫(まつき)の助けになれているという自信を取り戻してくれれば良いのだ。ナイス、一松兄さん。そうやって笑い返そうと思ったのに。
ポタリ。畳の上に零れ落ちたそれは、涙、らしかった。
一松兄さんが子猫を守って、子猫と一松兄さんの心を松姫(まつき)が守った。松姫(まつき)の意思をおそ松兄さんが守って、おそ松兄さんの気持ちを一松兄さんが守った。僕は、何もしていない。体は強くなったけれど、心はこれっぽっちも強くなれてないじゃないか。悔しい。強くなりたい。僕も誰かを守れる人間になりたい。

僕だって松姫(まつき)を愛しているのだと、胸を張れるようになりたい。



(160930)







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