男は松、女は藤と言うけれど。 | ナノ




用事を済ませてから帰る。そう言った松姫(まつき)を一切疑わなかったし、あの時は子猫のことで必死だったから素直に頷いて返ってきたのだけれど。ミルクを飲ませてバスタオルに包めてやれば、すぐに落ち着いて眠ってくれた子猫を優しく撫で続け、そこでふと思った。松姫(まつき)の用事って何だったんだろう。
最初はたったそれだけ、ほんの些細な疑問だったけど、よくよく考えてみるとおかしくないだろうか。用事があるなら、初めに帰ろうと切り出した時点で言ってくれたはず。それとも、用事があることを言い出しにくい状況にしてしまってたのだろうか。だったらこんなクズ放っておいて用事を優先させても良かったのに。いや、でも。そもそも、朝食の時におそ松兄さんに予定を聞かれて、何もないって言ってたから誘ったんじゃなかったっけ、俺。じゃあ、用事って……。

「ただいま。」
「……おかえり。」
「はい、これ。子猫用のキャットフード買って来た。」
「……ん、あ、ありがと。」

ある程度思考を巡らせたところで、ガラガラと玄関が開いたような音がして、それからすぐに松姫(まつき)が俺の居る二階の部屋に入ってきた。ほんの少し、さっきよりも疲れているように見えたのは気のせいだろうか。すぐに笑顔に切り替わった松姫(まつき)の表情からは、もう疲れなど感じられない。気のせい、か。
キャットフードを受け取れば、松姫(まつき)は子猫を覗き込んで「落ち着いたみたいだね」と嬉しそうに言葉を発した。目を細めて、優しく子猫を撫でる松姫(まつき)はとても可愛い。……なんて見とれている場合じゃなかった。

「一松、その子起きたら教えてね。」
「うん、わかった。」

俺の返事を聞いて、部屋を出ていく松姫(まつき)。帰って来たら部屋着に着替えるタイプだから、その行動に特に違和感はない。やっぱりちょっとした違和感は気のせいだった、そう思って猫を撫で続け、ウトウトしだした頃。ふらりと部屋に戻ってきた松姫(まつき)に、先程の違和感がぶり返す。
眠いから膝貸して、そう言って返事を聞く前に、俺の膝を枕にしてソファに横たわる。それから数秒で寝息が聞こえて、俺はこっそりと松姫(まつき)の額に触れた。熱は無さそうだ。けれど、今日は朝から猫の餌やりにしか行ってないのに、こんなに疲れてるなんておかしい。いや、おかしくなった、の方が正しいだろう。俺と別れてから帰ってくるまでの短い時間に、松姫(まつき)は一体何をしてきたのか。

「……にゃあ、」
「ごめん、もう少し静かにしてて。松姫(まつき)が寝てるから。」
「にゃあ。」

暫く後に起きた松姫(まつき)は、疲れが吹っ飛んだのかスッキリしていて。あまりにもいつも通りだったから、俺の中に生まれた違和感は、気のせいという言葉に変わってどこかへ消えていった。



(160817)






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