猫達にご飯をあげに行った帰り道。最近のテレビの話だとか、面白かった出来事だとか、そんな他愛もない会話をしながら歩いていたあたし達の前に、突然その子は現れた。その子と言うのはつまり子猫のことなのだが、白であっただろう毛は汚れてボサボサだし、よたよたと歩く姿は今にも力尽きてしまいそうで。 普段はあまり体力を使いたがらない一松なのに、その子を見つけるや否や急に走り出して、すぐにその子を大切そうに抱えた。もう抵抗する力もないのだろう。ただ震えている子猫を優しく撫でながら、一松はあたしに顔を向ける。
「……連れて、帰る。」 「うん。」
そんなに不安そうな表情をされたら、もう何も言えないじゃないか。本より、否定する気など更々なかったし、お母さん達に何か言われたら一緒に説得するくらいの気持ちでは居たんだけれど。「早く温めてミルク飲ませてあげないと、」と泣き出しそうな一松の頭を優しく撫でる。きっと、その子猫はもう大丈夫だろう。こんなにも優しい人間に見つけてもらえたんだから。子猫のことに必死で、自分が汚れていることなんて、今は気にならないのだろう。 ……それでいい。一松には、これ以上人間を嫌いにならないでほしい。
「一松、先に走って帰ってその子手当てしてあげて。」 「え、松姫(まつき)は……?」 「あたし、用事済ませてから買い物して帰るね。猫用の食べやすいご飯とか探してみるから。」 「……っ、あ、ありが、と……。」 「うん。じゃあ子猫のこと、頼んだよ。」
「わかった!」と言うが早いか走っていく背中を見届けて、それから深呼吸を一つ零した。一松が子猫に夢中になって、何も気付いてくれなくて良かった。子猫が現れた所から伸びる路地裏。その奥の方、見えない所から聞こえてくる笑い声。一松との会話の中、偶然聴こえてきたそちらからの声に、あたしは一松に見えない様に握り拳を作った。 あんなちっせぇ猫も殺せねーなんてだっせーなぁ。 こんなにも腸が煮えくり返るような思いをしたのはいつぶりだろうか。兄弟にあんな悲しい顔させるなんて、絶対に許せない。
「ちょっとお兄さん達、あたしと遊んでくれない?」 「は?誰だてめぇ。」 「んー、そんなことより、さっき猫の話してなかった?」 「あぁ、コイツが殺し損ねた猫のことか。それがなんだっつーんだよ。」 「大切なうちの子傷つけられたからさ、お返し。受け取ってね。」
言えば、屯していた三人の男が同時に立ち上がって、あたしの首元に手を伸ばす。が、それを片手で払い、両手で同時に二人の男へストレートパンチを繰り出した。鈍い音の後に、ドサッドサッと人が倒れる音、そして残りの一人が「ひゅっ、」と息を吸う音。ほんの一瞬の出来事が、とてもゆっくりに感じられた。 男三人と女一人。否、喧嘩っ早い男兄弟六人と四六時中一緒に過ごしている、喧嘩っ早い女が一人。どちらが不利かなんて、今更興味もない。
(160817)
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