大きな栗の木の下で | ナノ


01.


夢を見ていたらしかった。
それはあたしの幼い頃の楽しい記憶。けれど気付けば枕が濡れていて、あたしは寝ながら泣いていたらしい。とりあえず鏡を見て、目が腫れていないことを確認し安堵した。
お父さんの仕事の都合で幼い頃に住んでいたこの家に戻ってきたあたしは、中学2年生の二学期という微妙なこの時期に立海大附属中へ転校。そして待ちに待った初登校が今日だというのに、夢を見て泣いたなんて。

「名無しさん、朝ごはんできたわよ。」
「はーい、今行く!」

着替え終わって自分の新しい制服姿を鏡で確認していると、居間からお母さんの声が聞こえた。それに応えるように居間に向かえば、テーブルの上には完食された皿。いつものように、お父さんはもう仕事に向かったらしい。
帰ってきたら制服姿見せよう。

「今日は少し早く行かないと行けないのよね。」
「そう、先生から学校のこと説明されるんだって。」
「じゃあお母さんが送るわね。」
「わかった。」

制服可愛いじゃない、とか、担任の先生はどんな方かしらね、とか。お母さんはあたしよりもワクワクしてると思う。あたしだって楽しみじゃないわけじゃないけど、少し緊張してる。
今日からあたしは立海の生徒、か。

学校に着くとすぐに、あたしは事前登校で先生に言われた通りに職員室へ向かう。早朝の静けさがあたしの緊張をさらに高めた。早く来過ぎたかもしれない。
だからと言って来てしまったものは仕方ない。ただただ歩調を速めて職員室へ。

「おはようございます。」
「あぁ、おはよう。」

職員室に入って挨拶をすると、職員室にいた先生方も口々に挨拶を返してくれた。あたしは、そのうちの一人の先生のもとに向かう。2年B組、あたしの担任の先生。
先生はあたしを近くの椅子に座らせると、あたしと向かい合うように椅子の向きを直す。それから急に真剣な顔をこちらに向けた。

「言っておきたいことがあって、な。」
「何ですか?」
「お前の隣は丸井っていう赤い奴だ。そいつには気をつけろ。」
「気をつける、というのは……?」
「会えばわかる。あと、前の席の仁王にも気をつけたほうがいい。」
「はぁ……。」

真剣な顔をしておきながらニヤリと笑う先生からは、その人たちがどのようにどれくらい危ないのかがわからない。気をつけろというのは一体どういうことなんだろう。
生返事をするあたしに「まぁとりあえず会ってみろ」なんて無責任な言葉を付け足した。


prev / next

[TOP]