大きな栗の木の下で | ナノ


28.


くだらないと思うならそれでいい。呆れられてもいい。その程度のことで「嫌い」と言って精市くんを傷つけてしまった罰であれば、いくらでも受けるつもり。こんなに好きじゃなかったら嫌いだと思うこともなかったかもしれないけれど、小さなことで嫌いになってしまうほどに精市くんが大好きだった。今も、大好き。だから精市くんには全部話したかったの。
そう言って、ごめんなさい、と俯く名無しさんに自然と手が伸びて、意識する前に抱きしめていた。

「大好きなら謝らなくていいのに。俺も名無しさんが大好きだから。」
「でも、」
「それに、俺も謝らなきゃいけない。」
「なんで、精市くんが、」
「あの日、行けなかったこと。」

潤んだ目で俺を見つめる名無しさんから一度離れて、机の一番上の引き出しを開ける。それから、何年も放置するつもりじゃなかったけれど、ずっと引き出しの中で眠ることになってしまったソレを名無しさんの手にそっと乗せた。

「ブレスレット?」
「今更、そんなのもらっても嬉しくないかもしれないけど、」
「…………ううん、嬉しい。ありがとう。」

ふわりと笑う名無しさんを見ていると、鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなって。あぁ、もうダメだ。そんな思いと同時に涙が溢れた。彼女が握るそのブレスレットは子供が付けるような安いもので、貰ったって嬉しくないはずなのに、手に付けてみて「ねぇ、似合ってる?」なんて。

引越しの日が名無しさんの誕生日だということはわかっていたけれど、プレゼントを用意していないということに気がついたのは前日の夜中だった。だから、朝早くに買いに行って、プレゼントして、俺のことを忘れずに居てくれたらいつか会えるかなって。

「それで、間に合わなかった。名無しさんが俺のことをそんなに好きでいてくれたなんて思いもしなくて、プレゼントを渡せなかったことも会えなかったことも悔しかったけど、名無しさんは何も思わずに行ってしまったと思って、それも悔しかった。」
「あたしは、ずっと精市くんが好きだったよ。」
「……ごめん。謝らなきゃいけないことがたくさんあって、何を謝ったらいいのかわからない。けど、ごめん……ごめん、ごめんね、名無しさん、」

好きだ、なんて子供同士の口約束を信じていたのは俺だけだった、そう思っていた。だから名無しさんは行ってしまったんだ、なんて。でも、俺はそれでも構わなかった。記憶の片隅でもいいから、楽しい記憶として残してくれるなら。それ程に俺は名無しさんが好きで、好きで。「名無しさんの旦那さんになる」その言葉も本気だったんだから。
だから、名無しさんがこんなにも俺を好きでいてくれたことがすごく嬉しくて、申し訳なくて、涙が止まらない。

愛しいからこそ、こんなにもすれ違ってしまうなんて。


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