大きな栗の木の下で | ナノ


14.


俺はもしかしたら運が悪いのかもしれない。というよりは、名無しさんにお菓子やらスイーツバイキングやらを集っている罰か。バレないように零した溜息は容易くバレてしまって「練習に集中しろ」と言わんばかりの圧力をかけられた。
このタイミングで幸村くんとラリー練習なんて地獄でしかないし、数日前の名無しさんの「嫌い」発言のことや昼間の頼みごとのこともあってか、幸村くんの機嫌はすこぶる悪い。

「みんなには、」
「?」
「みんなにはわからないよ。俺がどんなに名無しさんを好きだったかも、今でもこんなに愛してることも、もう一生話してくれないんじゃないかっていう恐怖も。ブン太や仁王みたいに初めましてだったら良かったのにって何度も思うんだ。だけど気付いたらずっと一緒にいたからこそ家族よりも大切なんだよ。」

機嫌が悪いというのは、少し語弊があったかもしれない。幸村くんはこの数日の間、何を考えて過ごしていたんだろう。毎日見ているからこそ、疲労しているのが目に見えてわかるし、何度も泣いたんだろう、目も赤い。
テニスも強くて、性格も顔もカッコよくて、たくさんのファンがいて。だからこそ、たった一人の女の子を愛するがために、幸村くんがこんなにも振り回されるなんて考えもしなかった。

「だから俺は名無しさんともう一度、」
「俺は!幸村くんの頼みで名無しさんが嫌な思いをするんだったら聞かないって言ったはずだぜ。」
「じゃあどうすれば良いんだよ!」
「ふは、柳に聞いた通り、最近の幸村くんは今までの賢い幸村くんらしくねぇな。」
「どういう、」
「つまり、名無しさんにとってプラスになるなら協力するってこと!」

天才的だろぃ?と決め台詞で妙技をこなす俺に対し、幸村くんはボールを追いかける素振りすら見せなかった。「ごめんね、ありがとう」そう零す幸村くんが、今どんな顔をしているのかはわからない。幸村くんが俯いて腕で顔を覆っているのは泣きたいからではなく、風で舞った砂埃によるものだと自分に言い聞かせて、顔を洗いに行くように促す。砂埃どころか風なんて殆ど吹いてないけど。

昼休みに名無しさんから話を聞いた時に思ったことは一つ。「名無しさんもまだ幸村くんが好き」ということだった。それは直接聞いたわけではないから、あくまでも仮定だけれど、名無しさんは幸村くんを嫌いというわりに自分が悪いという視点で話す。それに本人は気付いてないかもしれないけど、廊下で幸村くんを見かけるたび、グラウンドで体育をしている幸村くんを見かけるたびに目で追っている人が「嫌い」なんて。

早く素直になれよなんて、素直になれない俺には言えないけど。


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