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  01.敵対関係


青葉城西高校の購買には、一日限定一つ限り、幻の激レアシュークリームが存在する。一年生はその存在すら知らされず、二年生はそれを都市伝説ならぬ七不思議のひとつだとうたい、三年生で初めて目にすることが出来る。本当のことを言えば、競争率を下げるために一年生と二年生には決して教えないという、青葉城西高校三年生の掟というものが存在するのだが、その掟の存在も後輩たちは知らない。否、教えてはならない。そうしてでもそれを食べられない生徒が毎年出ているというのが三年の初めに不思議に思ったことだったが、彼と出会ってから数か月、成程と思ったのを覚えている。
今日もそれは彼の手の中にあった。花巻貴大、今年に入って同じクラスになった彼だが、かの有名なバレー部員であることは名前だけで知っていた。いや、今はそんなことなどどうでも良い。問題は彼が高確率でそれを手にし、表情を崩してまで美味しそうに頬張っていることなのだ。

「花巻、それ……、」
「今日は男子の体育早く終わったから一人勝ち。」
「何でいっつも買えてんの!何で!」
「俺が目立つってのもあるし、みんな買っといてくれたりするし。」
「くっそ、悔しい!」
「お前、シュークリームのこととなると人格変わるよな。」

なんだその無駄なアクセサリーは、と言いたいところだが、現にシュークリームを手にして嬉しそうに頬張る花巻を前に性格が粗ぶっていることは、自分でも自覚している。苛立ちの原因はそれだけではない。性格も根性も腐ったような奴なら堂々と罵れるのに、花巻は決してそういう人間ではないのだ。シュークリームに関しては別だが、普段は本当に良い人だから、友達が買っておいてくれるというのも頷ける。表も裏もなくて、男女とか分け隔てなく仲良くしてて、バレーとシュークリームだけには真剣で。たまに悪戯をするのも、花巻だから許されることなのだとあたしは思っている。兎にも角にも、花巻が良い人間だから尚更悔しいのだ。

「花巻だって変わってるよ、人格。」
「いやいや、俺はいつもの花巻サンですよ?」
「違う違う。買えた日じゃなくて、買えなかった日。」
「……とは?」
「この世の終わりかってくらい絶望してる。」

ふと、先日の花巻を思い出して笑いが込み上げた。曜日によって変わる販売時間をきっちり把握している参戦者たちは、その時間になると授業が終わった瞬間に教室から飛び出していく。勿論、その日の花巻も同じだった。私はと言えば、友達が駅前のシュークリームを買ってきてくれていたので、その日は戦争には参加せず、優雅に美味しいシュークリームを食べていた。もし、あたしも戦争に参加していたら、あんな花巻を見られなかったかもしれない。
シュークリーム争奪戦は、命を懸けた戦いだといっても過言じゃない。色んな部活の色んな人間が居る中でどう勝ち取るか。それはただの体力勝負ではない、完全な戦略の上に成り立っている。休憩時間に被りやすい授業と終わるのが早い授業の把握は基本中の基本。日直の仕事は販売時間の時だけ友達に頼んでおく。今日はどのルートが混んで、どのルートが最短かを考え、尚且つ廊下を走ったら呼び止める教師のいる所は避けなければならない。結果的に早くシュークリームを手にした人が勝ちとなり、誰かが掴んだものは手出ししないのが暗黙のルールだ。理由は簡単、シュークリームが崩れない様に、あくまでも食べ物を大切にするのが大前提だからである。

「そんなに顔に出てる?」
「まさにビフォーアフターって感じ。」
「マジか。」
「ちなみに今も顔に出てるよ。」

言えば、緩んだ頬をぺちぺちと触って「マジで?」と顔を赤らめる花巻。そういう所、嫌いじゃない。ちなみにこの間の花巻は、重たい足取りで教室に戻ってきたかと思えば、誰もが不安になるほど静かに椅子に座って席に突っ伏した。いつものことの様で部活仲間や友達からは「ドンマイ」と笑って声を掛けられていだが、どうやらその日は本格的に食べたい日だったようで、なかなか気分が浮上しない花巻に友達も少し困った様子だった。
丁度その時。「あ、今日あの子休みだった。名無しさん、食べていいよ。」あたしの友達にそう声を掛けられ、見れば駅前のシュークリームが1つだけ残っている状態だった。シュークリームを食べ終え「じゃあ、教室戻るね。」「また後で。」なんて教室に戻っていく友達の背中を見送って、もう一度それに目を落とす。買ってきた子が食べても良いと言ってくれたのだから食べればいいのだけれど、視界の隅でどんよりとした空気を作る花巻を何故か放っておけなくて。
ごめん、と買ってきてくれた子に心の中で詫びを入れて、シュークリームを片手にあたしは席を立ったのだ。




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