ぴーーーーーす | ナノ


  01.


名無しさんを好きだと思ったのはいつからだろうか。
幼馴染と言われる関係性にある俺らは、気付いたころには当たり前のように一緒に居て、そして当たり前のように彼女のことが好きになっていた。きっかけなんてものは知らないけれど、兎に角、彼女と一生一緒にいたいと思ったし、少しでも会えない時間があれば寂しくて泣いてしまうほどだった。これを恋だの愛だのと呼ぶことはもう少し大きくなってから知ったけれど、それは確かに恋だったと思う。

「岩ちゃん、名無しさん、今日もバレーしよう!」
「いいぜ!」
「あ、ごめん。今日はお仕事なの。」

小学校三年生のある日、俺ともう一人の幼馴染である岩ちゃんは、初めて「お仕事」という理由で名無しさんに遊びを断られた。それと同時に、初めて格差を感じた日でもあった。
家に帰って母ちゃんから話を聞けば、名無しさんは子役として抜擢されたらしく、今日から撮り始めるんだとか。そんなこと、何も聞いていない。名無しさんはちゃんと「お仕事」をして、自分でお金を稼いでる。それがすごくカッコ良くて尊敬する半面、悔しかった。俺にはそういうの、何もないから。
それから彼女は、レールを引かれていたかのように順調に有名になっていって。それは中学校に入っても衰えることがなかった。

「岩ちゃん、もう一本!
「おい、オーバーワークだ。」
「でも、」
「うるせぇ、帰るぞ。」

俺は前よりもバレーに集中した。名無しさんと遊べない時間をバレーで忘れたかったことが理由の一つ。もう一つの理由は、名無しさんに似合うカッコいい男になることだった。有名人である名無しさんの彼女に見合うように、何の取り柄もない男にだけはなりたくなくて。男らしさで岩ちゃんと並ぶのはちょっと難しいかもしれないけれど、バレーなら、必死に努力すれば強くなれる。そんな気がするから。
俺の首根っこの服を引っ張って強制連行しようとする岩ちゃんに「あと一本だけ!」と駄々をこねれば、呆れたように大袈裟に溜息を吐かれた。

「……お前、悩んでんの影山のことじゃねーだろ。」
「っ、な、なんで?」
「今、どもったから。」
「騙したね!?」
「騙されるバカ川が悪い。」

影山、というのは、俺達が三年になった時に突然現れた一年の天才セッターのことだ。確かに、そいつに負けたくないという気持ちが先走ってしまう時もあるけれど、今、俺の頭を埋め尽くしているのはそいつじゃない。4月から始まったドラマには、当たり前のように名無しさんが抜擢されていて。いつかお互いに違う世界で生きていくことが普通になってしまうんじゃないかと思った瞬間、何とも言えない恐怖に支配されたのがわかった。

「俺、今度の大会で優勝して、名無しさんに告白する。」
「……それとオーバーワークは関係ねぇ。帰るぞ。」

強引に片付けさせられたけど、否定はされなかった。きっと岩ちゃんは俺がどうして悩んでるかなんてお見通しで、その上で「影山のことじゃねーだろ」なんて遠回しな聞き方をしてきたんだと思う。すっかり岩ちゃんの掌で転がされた俺は、まんまと「告白する」とか宣言しちゃったわけだ。

「岩ちゃんってば、性格悪ーい!」
「あ!?お前にだけは言われたくねー!」

それから俺達は毎日のように居残って練習して、中学校最後の大会で優勝はできなかったけれどベストセッター賞というものを貰った。それは、優勝できなかった俺に与えられた、神様からのご褒美だったのかもしれない。まるで「告白しなさい」とでも言われたかのようにずっしりと重みのあるトロフィーを持って、名無しさんの家に向かった俺は、今まで気持ちを塞いでいた栓が抜けたかのようだった。

「名無しさん、俺、立派な男になるから、付き合ってください!」

玄関先で土下座する俺、真っ赤になって慌てる名無しさん、大笑いするおばちゃんとおじさん。名無しさんを見るのが怖くて窺うように顔を上げれば、少し頬を膨らませた名無しさんが「もう、待ちくたびれたんだから!」そう言って、俺にキスを一つ落とした。
今までの努力が、辛かったことが、全て報われたような気がした。




prev / next

[ back to top ]