音駒 | ナノ


▽ AM2:00


 仲の良い友達は、とうに寝てしまったのだろう。何度スワイプしても更新されることのないSNSをぼーっと眺めていれば、そこに流れてきたのは誰の言葉でもなく、可愛い動物の動画。特別気になるという訳ではなかったが、なんとなく動画をタップしてみれば、思いの外、可愛い動物たちに癒される。迷わず、動画を拡散するマークをタップし、それから「可愛い」とコメントを添えたところで、そう言えば誰も居ないんだった、と我に返って画面を閉じた。
 眠れないのではない。寝たくないのである。毎日を適当に過ごし、何ら幸せを見出せない日々はとてもつまらない。だから小さな楽しみを求めてSNSを開いているのだが、生憎、SNSに転がっているのはあたしの幸せではなく、共感するにしきれないあたし以外の誰かの幸せなのである。コメントを送ったところで、楽しそうに写真に写るその子にはなれないのだ。
 暗い気持ちが蔓延るのは、日付が変わってから暫く経ってしまったこの時間に、暗闇の中、心も体もたった一人で起きているからに違いない。こんな気持ちなど、寝てしまえば明日には忘れ去られてしまうのだ。
「ふぁ、」
 誰もいないことを言い訳に、女子とは思えないほど大きくてだらしのない欠伸を一つ零した。それと同時に意味のない負の気持ちは、言葉になることなく空気中へと吐き出されたらしい。寝よう、と自分の中で区切りをつけて、目を閉じる。
 が、眠りにつくことは叶わなかった。ピロリン、と静寂を壊したその音は、スマホから発せられるメッセージの受信音。大した用事じゃなかったら無視して寝よう、なんて最低な考えを持ち合わせながらスマホを確認し、それから思わず飛び起きてベッドの上で正座をしてしまった。
『夜更かししてる悪い子だーれだ』
 言葉と共に、ハートの絵文字。彼氏であるメッセージの送り主、黒尾鉄朗が、ふざけ半分でよく使うマークである。彼氏相手に飛び起きて正座してしまうくらいには、この男に恋をしている、というのは暗闇の中だけの秘密だ。
『鉄朗こそ』
『俺は喉乾いたから起きたんですぅ、もう寝ますぅ』
 あたしが起きていることを知っているということは、先程のSNSへの投稿を見ていたに違いないのだが、本当に偶然起きてSNSを開いただけかもしれないし、もしかしたら彼もあたしと同じように、暇を持て余してスマホを弄っていたのかもしれない。どちらにせよあたしの反論ごときで言い負かせるような相手ではないので、素直に『もう寝ますぅ』と返信を打つ。
 ―――――なんて、あたしがそんなに素直な人間じゃないことは、彼が一番よくわかっているはず。
『やだ、まだ寝たくない』
 子どもの様に駄々をこねるあたしに対し、彼からのメッセージは『早く寝ろ、ばか』だ。彼が画面の向こう側で溜息を吐いたような気がして、ふふ、と笑みが零れる。眠たいなら寝てもいいのだけれど、その言葉をこの機会に載せて彼に届けるのは、どうにも寂しくてあたしには出来なかった。
 翌日の授業の記憶は殆ど無い。



かっさらい隊・しさちゃん(171109)


prev / next

179518[ back to top ]