▽ くしゃみ
今回の登場(上から順番)
黒尾、夜久、孤爪、山本、犬岡、灰羽
(黒尾鉄郎)
「っくしゅん!」
コートの外からど派手なくしゃみを放ったあたしに、みんなの視線が集中するのがわかった。「風邪かー?」なんて部員からの声に「ううん、大丈夫!」と笑って見せる。が、このままでは本当に風邪をひいてしまうんじゃないか。そう思うほどに、マネージャーとしてみんなを見ている側としてはこの体育館は寒すぎる。
「ばーか、お前が無理してることくらい俺にはお見通しだっつーの。」
不意に、ふわりと大好きな彼の香りがしたかと思えば、強制的に彼のジャージを羽織らされて。その上、彼がぎゅう、とあたしを抱きしめた。
「鉄郎、」言いかけて、言葉をつぐむ。何か言い訳でもしてやりたいが、どうせあたしが何と言おうと彼にはすぐにばれてしまうのだ。にやりと笑う彼が妙にあざとい。
「まぁ、風邪ひいたら添い寝して看病してやるから安心しろ。」
「ひ、ひかないから!バカ!」
ひらひらと手を振って練習に戻る彼に、恥ずかしさを隠すように罵声を投げるが、きっとそれすら彼には分っているんだと思う。彼の匂いで溢れたジャージをぎゅっと握りしめた。
(夜久衛輔)
「っくしゅん!」
「お前さぁ、いい加減にしないと流石に俺も怒るよ?」
不覚だった。ずっと寒いのを我慢していたあたしの気遣いはくしゃみ一つでいとも簡単に部員にバレてしまうし、それどころか彼は割と本気で怒っている様子で。「ご、ごめんね?」と笑顔を作ってみるものの、彼は誤魔化されてくれそうにない。
すると今度は溜息を吐いた彼に、説教されるかも、なんて息を飲む。が、予想とは裏腹に彼の口から零れたのは優しい言葉だった。
「ほら、これ着てろよ。」
怒るよ、なんて脅すからてっきり説教される気持ちだったあたしは唖然。そんなあたしを気にも留めず、ジャージを肩に掛けてくれた彼はほんのり赤くなった顔で「お前に風邪ひかれたら困るから、」と一言。
瞬間、あたしの顔がほんのり熱くなる。音駒のお母さんと言っても、やっぱり彼はあたしの彼氏だ。
(孤爪研磨)
「っくしゅ、」
体育館は何でこうも寒いのか。夜に連れて冷えていく気温に負けてくしゃみを一つ零せば、休憩中で隣に座る研磨は首を傾げる。
さっきから気になってるんだけど何で寒いの我慢してるの、と。心配してほしくないから一番隠したかった相手なんだけど、なんて心の中で呟くあたしを研磨は何も言わずじっと見つめる。「あはは、」と笑ってみるものの、誤魔化せないことはこの部内の人間なら分かっていることだ。ましてや、研磨の彼女であるあたしは一番よく分かっている。
「……言っておくけど、俺は名無しさんが寒いの我慢して風邪ひかれる方が心配。」
「はい、」
「わかったらこれ着て。」
「はい、」
まるで説教されている気分で、まともに研磨の顔を見れない。俯くあたしに「それから、」と付け足した研磨は、クロの練習再開の合図に立ち上がって。
「隠し事、とか、そういうの、やだ、」そう、こちらを見ずに呟かれたその言葉に心も温まった。
(山本猛虎)
「っくしゅん!」と一つくしゃみを零せば、まるで獲物を見つけた肉食動物の如く駆け寄って来た彼に笑いが込み上げる。その名の通り虎みたいだ。
「寒いんだろ!俺のこれ着てろ!」
「あ、ありがとう!」
「他には!?」
「特に何も、」
「何でも良い!何でもするぜ!」
そわそわしている彼があたしのことを全身全霊で心配してくれているのはわかるけれど、彼が貸してくれた大きめのジャージを羽織るだけで十分暖かい。それでも彼はもっとあたしに「何かをしてあげたい」という感情が強いらしく。あたしの次の一言を待ち望んでいることくらい、顔を見ればよくわかる。
いつも思うけど、見た目に反して彼は優しいのだ。
「あたし、虎と居るだけで暖かいから、大丈夫。」
少し恥ずかしいけれどにこりと笑って本心を告げれば、今度はわなわなと震えだした彼は体育館の中心へと走り出して。
女神だぁぁぁぁぁぁああああああ!と叫ぶ彼の姿に赤面した。
(犬岡走)
「っくしゅ!」
「どうした?寒いのか?」
くしゃみをしたあたしの顔をジッと覗き込んでそう言う彼は、少し眉を下げて不安そうで。思わず「大丈夫」と取り繕うものの、今度は「ホントか?」と純粋な瞳。何でこう、気付いてほしくないことに鋭いんだろう。
「少し寒い、」
「わかった、待ってろ!」
あたしにそう答えた彼が走ってどこかに行ったかと思えば、体育館の隅の方に放置されていたジャージを取って戻って来て。「これ着ろ!」とぐいぐい押し付ける。ほんの少し冷たくなったジャージもすぐに暖かくなり、あたしが「ありがとう」と言えば彼は嬉しそうに笑った。
「何かあったらすぐ言ってくれ!俺ビューンって来るから!」
元気な彼の姿にあたしの心も温かくなったように思うのは、多分気のせいじゃない。
(灰羽リエーフ)
「っくしゅ、」
「お前って意外と女の子らしいくしゃみするんだな!」
「……は?」
「あ、ごめん。」一睨みするあたしに彼は視線を逸らした。寒い体育館で頑張ってマネージャー業こなしてる彼女に「意外と女の子」ってどういうことだ。っていうか「意外と女の子」なあたしが彼女でも良いのか、彼は。
そんなことより、今のあたしは寒くて仕方がない。この際女子力なんかどうでも良いから、手っ取り早く寒さを凌ぎたいのだ。
「リエーフ、寒い。何とかして。」
「んー、じゃあこうする!」
コウスル?それが何を意味するのか理解する前に、目の前の巨人はあたしを暗闇に包み込む。抱きしめられている、そう気付いたのは数秒後。彼の体温のせいか、あたしの内側から溢れる「何か」のせいか。突発的に熱くなった体で彼を押し返す。
「も、もう大丈夫!」
「体は冷たいからダメだ!」
ダメとかそういう問題じゃなくて、あたしがもうダメそうなんだけど。「なんか、その、恥ずかしい。」小さい声で本音を漏らし、彼の顔を見上げる。けれど「そんな顔されたらもっと離せない。」なんて、素直すぎる彼の口は弧を描いた。
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