君の場合 | ナノ


▽ くしゃみ


今回の登場(上から順番)
及川、岩泉、松川、花巻、矢巾、国見、金田一



(及川徹)


「っくしゅん!」と体育館の隅から盛大な音を放ってしまったあたしに、今まさにサーブを邪魔された側であるはずの彼が駆け寄って来た。心配してくれてる、というのは表情からすぐに見て取れた。

「大丈夫?寒い?」
「ごめん、平気平気!」

なんて嘘八百で、本当は運動しているみんなの為に低く設定された暖房のせいか、いつも以上に体育館は寒い。
「そんな嘘、俺には通じないよ」にこりと笑ってそう言う徹は、あたしの冷え切った手を握って「ほら、冷たい!」なんて。そんなことより暖かい彼の手が心地良い。その温もりが離れたかと思えば、今度は全身に温もりを感じて。

「これ着てて!」

そう言ってジャージを掛けてニッコリVサインの徹に、顔だけ熱くなったあたしは「ありがとう」と。





(岩泉一)


「っくしゅん!」思わず零れたソレに、傍に居た彼があたしの顔を覗き込んだ。

「寒いか?」
「いや、大丈夫。」
「無理すんな。」

そう言って冷たいであろうあたしの体を抱き寄せると「気付いてやれなくて悪かった。」と。別に彼が悪いわけじゃないし、寧ろ自己管理がなってないとかあたしのせいにしてもいいくらいなのに。一はそうやっていつも優しい。

「これ着てろ。」
「え、一は着ないの?」
「俺らは動いてるからな。」

受け取れよ、と言わんばかりにぐいぐいとジャージを押し付けた彼はそのまま何も言わずにコートに戻っていく。急に恥ずかしくなったのかな、なんて思いつつ、そんな彼の背中に「ありがとう」を。





(松川一静)


「っくしゅん!」
「うわ、ビックリした。」

あたしの盛大なくしゃみに小さく肩を揺らした彼は、こくりと首を傾げるようにあたしの顔を覗き込む。「いい加減、我慢するのやめれば?」その言葉に、苦笑いを零して視線を逸らす。
くそ、寒いの我慢してることばれてたか。
でもあたしのせいで、みんなにとっては暑いであろう体育館の温度を上げることはできないし、体力無いから正直動きたくはないし。それを知ってか知らずか、それとも面白半分か、さっきまで何も言わずに居てくれたのに。

「もうすぐ終わるから良いの!もう少しの我慢!」
「それで風邪ひかれたら困るから言ってんでしょ、馬鹿。」

……彼は、一言付け加えられた罵声に何を隠したのか、あたしが気付かないとでも思ったのだろうか。それとも、それほどまでに彼もいっぱいいっぱいなのだろうか。
「困る、って誰が?」にやりと笑顔を向けたあたしに、彼は「うるさい」と一言。それから頭に被せられた彼のジャージに、あたしはまた笑みが零れた。





(花巻貴大)


「っくしゅん!」
「風邪ひくか、俺に温められるかの二択で。」
「は?」

ここは家ではない。学校の体育館で、今まさにバレー部の練習中。それなのに目の前の男は一体何を言っているのだろうか。「ジャージ貸してくれればそれで満足」そう返したはずだが、まるで彼には聞こえていないらしい。

「じゃあ俺ってことで。」
「何でそうなった。」

反論する余裕もなく抱きしめられたあたしは、勿論男子バレー部の力に勝てるはずもなく。ぎゅう、と心地良い強さで背中にくっつく彼に「重い、」と小さく愚痴を零した。
本当は暖かくて、嬉しくて。俯いてるのは真っ赤になった顔をみんなに見られない様に、だなんて誰にも言えない。





(矢巾秀)


「っくしゅ、」
「お前、体震えすぎ。」

くしゃみを零すあたしの傍に駆け寄って来た彼は、呆れたように溜息を吐いてそう言った。早く言えば良いだろ、なんて言いながらジャージをばさりと被せられたあたしは、遠慮なく彼のジャージに袖を通しながら「そうなんだけど、」と言葉を濁す。

「なに、もしかして遠慮とかしてる?」
「…………、」
「そういうの、俺にくらい無しにしてくれよ。」

図星を言い当てられて言葉も出ないあたしの腕をぐい、と引っ張った秀は、あたしを腕の中に収めてそう呟く。けれどすぐに恥ずかしくなったのか、ふい、とコートに向かっていく彼。そんな彼の耳が赤かったのは、見えなかったことにしておこう。





(国見英)


「っくしゅ、」
「…………、」
「ちょっと、怪訝そうな顔するのやめてもらっていい?」

くしゃみをするあたしに向けられたその顔が言いたいことは、きっとお馴染みのアレ。バカでも風邪ひくんだな、ってやつだと思う。英からしたらバカかもしれないけれど、もっと頭の悪い人だって居るだろうし、そもそもそれとこれとは関係ない。
っていうか、あたしの彼氏様なんだから少しくらい「寒いの?」とか心配してくれればいいのに。なんて思いながらあたしも不満顔で応じれば、やれやれといった様子で彼はあたしを後ろから抱きしめて。

「……英?」

反応と行動が一致してないし、行動が急すぎてあたしもどう反応していいのかわからず戸惑う。上を向いて彼の顔を下から覗き込めば、彼は「見るな」と軽い頭突きを一つ。少しだけ頬が赤い、ような。
「ふふっ」思わず零れる嬉しさに、あたしはまた頭突きを食らった。





(金田一勇太郎)


「っくしゅん!」

大好きな彼の真横でど派手なくしゃみをかましてしまったあたしに、案の定彼は目を見開いていた。「ビックリシマシタ」そう顔に書いてあるのかってほどに、彼の表情はわかりやすい。だから、今度は心配そうな顔を向ける彼に、あたしはあえて先手を打つのだ。

「ごめんごめん、ビックリした?」
「え、あぁ、うん。お前さ、」
「体育館ってなんでこうも埃っぽいんだろうね。」
「…………、」

今までくしゃみなんかしたことなかっただろ、とでも言いたいんだろう。疑いの目を向けて、それから「そうか、」と彼は小さく呟いた。俺は彼氏なのにな、そう言っているような気がするのは、あたしの気のせいだろうか。心配を掛けないように誤魔化したはずが、なんだか悪いことをしているようで心苦しくて。
くいくい、と彼の服を引っ張って「ジャージ貸して」と。

「わかった!」

頼っただけでこんなにも嬉しそうな顔してくれるなら、今度からはもっと素直になろうかな。


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