青葉城西 | ナノ


▽ これをプレゼントといっても構わない


 どんな時でも、彼の一番はあたしではない。
そんなこと、彼と付き合った頃からずっとわかっていることだ。真っ先に覚えた「我慢」という選択肢を今まで何度使ったことだろう。それでも「あたしは大丈夫だよ」と笑って見せられるのだから、あたしの神経は相当図太い。いや、磨り減った心を悟られないように、という、必死の防衛術か。
 街中も、教室も、どこもかしこもクリスマスの話題で盛り上がっている中、あたしはイヤホンを付けて、いつもより少しだけ大きな音で音楽を流した。周りの雑音を一つも取り入れないように、出来るだけ音楽に集中する。今は、いつも眺めているSNSも開かない。クリスマスという単語が脳内に入ってきてしまったら、きっと二年目にして「我慢」が効かなくなってしまうから。
 けれど、周りの音を遮断していたせいで、その人の存在にも全く気が付かなかった。
「なぁ、二十五日のことなんだけど、」
 あたしからイヤホンを奪い、勝手に前の席に腰を下ろした彼、岩泉一は、唐突にそう零した。まさか、十二月二十五日がクリスマスだということを知らない程、彼もバカじゃないだろう。ガシガシと頭を掻くのは彼の癖らしく、困っている時に時折現れる。きっと、今もその「困っている時」なのだ。
 わかっている。バレンタインも、長期休みも、誕生日も、全部そう。行事という行事は、今まで何度も部活に潰されてきたのだ。そういう時、彼は決まって困った顔をして「わりぃ、部活だから」と頭を下げる。別に、彼が悪いわけではないし、バレーに一生懸命な彼が好きだから、あたしも応援しているのだけれど。やっぱり、こういう行事くらいは一緒に過ごしたいと思うのが、女としての夢なのだ。
「クリスマス、別に気にしなくていいよ」
 彼から言葉が発せられる前に言葉を紡いだのは、彼の方から断られるのが辛いから、というあたしのエゴである。今だけは、フラれるのが辛いから自分からフる、という言い訳を心の底から理解してあげられそうだ。
 まさか、あたしの方からそんな言葉を告げられるなんて思ってなかったのだろう。目を丸くした彼は「いや、その、」と言葉を探す。けれど、あたしは「わりぃ」と彼からの謝罪を聞く気はない。
「初詣は一緒に行こうね」
 冬休みに入れば、また朝から夕方までみっちり練習だろう。疲れている中で会おうだなんて我が儘も、勿論言うつもりは無い。ただ、確実に部活が休みである三が日くらいは一緒に過ごしたいと思って。
 これから先、何度もあるクリスマスの一度くらい、彼と過ごさなくても大丈夫。そう自分に言い聞かせて、あたしは彼からイヤホンを取り返した。明るい音楽でも聴かないと、涙も本音も、全て溢れ出してしまいそうな気がしたのだ。それなのに。
「まだ話終わってねぇ」
 言って、イヤホンを本格的に没収されたあたしは、取り返そうと手を伸ばすものの、その手すらあっさりと彼に捕まってしまった。女子特有の冷たいあたしの手とは正反対に、暖かい彼の手に握られて、じわりと目頭が熱くなる。
 好きで、好きで、大好きで。我が儘を言えるなら、クリスマスは一緒に過ごしたいし、それどころか毎日一緒に居たい。放課後デートもしたいし、休みの日には一緒に映画館や遊園地に行きたい。だけど、そんなことを言ったら、彼が困るのはわかっているから、ずっと我慢してきたというのに、どうしてあたしの方から断ることすら許してくれないのだろう。
「……なに、」
 きっと、不貞腐れてブサイクな顔をしているであろうあたしに、彼は盛大に溜息を零した。我が儘なあたしに呆れているのかもしれない。こんなあたし、嫌いになってしまっただろうか。
俯くあたしに、空いている彼の手が降って来たかと思えば、その手は優しくポンポンとあたしの頭を撫でた。
「ばか、二十五日は月曜日だから部活ねぇよ」
「え、」
「だから不貞腐れんのやめろ。んで、絶対空けとけよ」
 ぐしゃぐしゃ、と髪の毛を乱されて、必死に直しながら垣間見えたのは彼の拗ねた顔。あたしが勝手に勘違いしていたことに相当ご立腹な様子だったけれど「絶対空けとくね!」と答えれば、彼は満足そうに笑った。
付け加えるように「あと、初詣も空けとけ」と言った彼は、やっぱり根に持っているみたいだけれど、結果的にクリスマスもお正月も彼と一緒に過ごせたから、オーライってことで。



しさちゃんより(171225)


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