青葉城西 | ナノ


▽ 出られない部屋


 カラオケに行こう、と最初に行ったのは誰だったか。
 彼氏であるはじめと、はじめの幼馴染である及川、それから部活仲間である花巻と松川のバレー部メンバーに交じってカラオケに来たまでは良かったのだ。飲み物を取りに行ったり、トイレに行ったりと皆が席を立ち、ここに来て初めてはじめと二人きりになり「みんな歌上手いね」なんて会話を交わしていた、そんな時である。
 がちゃん、とドアの方から大きな音が一つ。さっきまで出入りしていたドアとは重みの違うその音に思わず振り返り、それからあたし達は一瞬にして言葉を失ってしまった。先程までのドアとは打って変わって、音楽室の扉によく似た真っ白なドアがその場所を占領している。この時点で嫌な予感はしていたが、物は試しでドアノブを捻り、ピクリとも動かないそれに背を向けた。
「……はじめ、どうしよ」
 もはや涙目なあたしに「と、とりあえず落ち着かねぇと……!」なんてもっともらしいことを言いながら、エアコンを作動させるべく、マイクの電源をカチカチと弄るはじめ。「とりあえず落ち着こう?」と冷静になったあたしの口から、先程言われたような言葉がそっくりそのまま零れ落ちた。
 すると突然、今まで大して気にも留めていなかったカラオケ特有のテレビ放送がピタリと止み、予期せぬ静寂に思わずテレビ画面に視線を向ける。そうすれば、あたし達の反応を誰かが見ているのではないかと疑ってしまう程にタイミングよく、画面に一文だけが表示された。
 部屋から出だければカラオケで百点をとること。
 それ以外の掲示は無い。いつの間にか壁だったはずの場所にドアが二つ。一つはトイレ、もう一つはドリンクバーである。準備がしっかりしているおかげで、いよいよ信憑性が高まってしまった。ちらり、はじめを見れば、がしがしと頭を掻いて、それから大きく溜息を零す。
「歌うしかねぇな」
「はじめのそういう潔いところ好きだよ」
「ふはっ、さんきゅ」
 笑って、それからあたしの頭をわしゃわしゃと撫でる。閉じ込められているはずなのに、何故か明るい気持ちでいられるのは、きっとはじめと一緒だからだと思う。ぽちぽちとデンモクを操作しながら「お前もなんか歌うべ」なんて、まるでいつもと変わらない風景に、あたしも思わず「楽しまなきゃ損だよね」と。言えば、はじめは「お前のそういうポジティブなとこ好きだ」なんてまた笑った。
 それから何時間経っただろう。たくさん歌って、たまに休憩でお喋りをして、それからまた歌って。お腹が空かなければずっとそこに居れたような気がするが、生憎、現役バリバリの高校生である。お腹が空かないはずもなく、本気で百点を目指して何度も同じ曲を歌い続けた結果―――

「見込みがないから出しますってどういうこと!」
「下手ってことだべ」
「ずっと90点代出てたじゃん!」
「ずっと、な」
 ある時、突然画面が切り替わったかと思えば、前述の一言。見込みがないから出します、と。失礼にもほどがある。出られたことを喜べばいいのか、出されたことを怒ればいいのか。行き場の失った怒りを無意味に初めにぶつけていれば「今度はちゃんと出れるカラオケ行くべ」と次回のデートを取り決められて、あっさり機嫌を戻してしまう単純なあたしに「お前と二人で良かった」なんて笑った。
 因みに、何時間も過ごしていたはずのあたし達の時間は、現実世界的には数分にも満たないという夢のような現象が起こっていたらしく、普通に部屋に戻ってきた及川達に不思議な顔をされた。




カラオケで百点とらないと出られない部屋に閉じ込められた103(じゅみ)しさ/103(じゅみ)の日(171003)


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