青葉城西 | ナノ


▽ それが私の幸せだとしても


 昔から、彼に「ヒーロー」という言葉がお似合いなことくらい、よくわかっていた。例えば、泣いている友達を放っておけないところだとか、仲間を思って真剣に説教するところだとか。雨の日にあたしを庇ってトラックの水飛沫をかぶってくれた時も、あたしが「寒い」と言ったら上着を貸してくれた時も、バレー部員として活躍していた時も。それから、真っ赤になって「付き合ってくれ」と伝えられた時でさえ、彼はあたしにとって大切な「ヒーロー」であった。
 結婚しても、彼が「ヒーロー」であることは何一つ変わらなかった。消防士、否、レスキュー隊員になった彼は、一生懸命働いてくれて、けれども家事にも協力してくれる、とても素敵で自慢の旦那だ。そんな彼と、もうそろそろ真剣に子どもをつくろうかと考えていた、そんな矢先のことである。
「岩泉一さんが救急搬送されました」
 突然の電話に足が竦み、手の震えが治まらなかった。結論から言えば、彼の怪我はかすり傷程度。救助者を運んでいる最中に柱が崩れたらしく、脳を打っていないか検査するために搬送されたのだとか。全く異常がなかったのは良かったけれど、それに安心すると同時に、あたしの中で不安という感情が広がってしまって。
 彼はどうしてか、あたしの恋心にはちっとも気付いてくれなかったくせに、こういう時ばかり鋭い。もしかしたら、あたしが不安な気持ちを顔に出しやすい質なのかもしれないが。
「ただのかすり傷だから、んな泣きそうな顔すんな」
「……びっくり、した」
「すまん」
 少しバツの悪そうな顔をして、それから彼は両手を広げた。わざと勢いよく彼の胸に飛び込んだあたしに「痛ぇ」と零しながらも、ぽんぽん、と優しく頭を撫でてくれて。全くそんなつもりは無かったのだけれど、じわりと目頭が熱くなっていく。
「……いやだ、」
 思わず零してしまった本音に、ぴたり、彼の手が止まる。
「……も、やだ、」
「すまん、」
「いやだ、やだっ、いや、」
 カッコ悪い。子どもみたいにイヤイヤと駄々をこねて、泣き喚いて、彼をこんなに困らせて。それでも、だ。それでも構わないから、レスキュー隊員なんて仕事を辞めてほしい。レスキューだなんてカッコいい仕事じゃなくても良い。ずっと背負ってきた「ヒーロー」という肩書を捨ててしまっても構わないから、お願いだから。
「っ、好きだから、大好きだから、だから、あたし、」
 ボロボロと止め処なく溢れ出す涙の向こう側。顔を上げた視線の先で、随分とぼやけて歪んだ彼が、優しく笑った、ような気がした。
「ん、わかった」
 ひとつ、キスを落とした後にそう言って、彼はあたしを優しく、けれどもしっかりと抱きしめた。「気付かねぇうちに我慢させちまってた、すまん」なんて謝られて。あたしの望んだ方向へと進んでいるはずなのに、こんなに胸が苦しいのはどうしてだろう。



かっさらい隊・しさちゃんより(171003)


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