青葉城西 | ナノ


▽ 炎天下


「あー、あっつい!」

及川の叫び声に、岩泉の舌打ちが飛ぶ。そんな二人の様子に、花巻と松川が笑うが、なんせこの暑さだ。覇気のない笑い声の後に、大きな溜息が五人分零れた。
今日の最高気温は一体何度だったか。あぁ、知りたくもなくてテレビから視線を逸らしたんだった。見ておけば良かったような気もするけれど、暑いことに変わりないからいいか。上から照り付ける太陽と、それを反射させて下から熱してくるアスファルト。そして目の前にある水の入っていないプールが、あたし達の苛立ちを余計に募らせていく。
これは罰ゲームどころか、体罰に値するのではないだろうか。

「おい、グズ川サボんな!お前の所為だろうが!」
「酷い!岩ちゃんだって同罪じゃん!」

暑さのせいでイライラしているのだろう。二人の口喧嘩を制するように「喧嘩する余裕あるなら手伝わないけど?」と松川の低く冷たい声が背筋を凍りつかせる。随分と暑いはずなのに心だけがひんやりと冷えていくのを感じながら、あたしはデッキブラシを手に取った。先程まで罵声を浴びせあっていた二人も口を閉ざし、黙々とデッキブラシを前後に動かす。プール清掃、それがあたし達に与えられた罰である。

発端は、土曜日の部活中、休憩をとっていた時のこと。暑さに頭がやられたのか、それとも元々かはわからないけれど、兎に角、あの時の彼等はただひたすらに涼を求めていたのだ。「ちょっと顔洗ってくる」と花巻が立ち上がり「それじゃあ俺も」と四人して外の水道へと向かった。……が、よく考えてほしい。室内活動の部活が、わざわざ炎天下にさらされてまで外の水道に顔を洗いに行く必要があるのだろうか。体育館より少し涼しいはずの廊下にだって水道はあるのだから、そこで十分なはずなのに。もう一度言う、頭がやられていたのだ。

「岩ちゃん、涼みたい?」
「あ?あぁ」
「わかった、行くよ!」
「は?」
「おりゃ!」

四人の行動に違和感を覚えて後を追ったあたしが見たのは丁度そこから。及川が岩泉に水をかけ、仕返しとばかりに岩泉が及川に水をかける。それを何度か繰り返す二人を見ながら、いつもは一緒に騒ぐはずの花巻と松川が騒いでいないことに気付いたのだけれど、時すでに遅し。
及川が放った水は岩泉を飛び越え、花巻と松川の視線の先、一人の男の元へと一直線に向かっていった。それが今回の罰、プール清掃をすることになった経緯である。

デッキブラシでごしごしとプールの底を磨きながら、及川は「あー!」とまたしても声を上げた。あの場に居た男というのは、この学校でそれなりの権力を持っている教頭という立場の人間である。しかも、イケメンというジャンルの人間を目の敵にしているらしく、及川にはずっと前から目を付けていたのだ。

「マッキーとまっつん、気付いてたんだったら早く教えてよ!」
「教頭居るぞ、って教えられるわけねーだろ」
「そうなんだけどさぁ」
「文句言ってねぇでさっさとやれグズ!」

デッキブラシで及川のお尻を叩いて叱咤した岩泉は、ハーフパンツに黒のタンクトップという布地の少ない服装にも関わらず、汗を垂れ流しながら掃除を再開した。たまにタンクトップを捲り上げて汗を拭いてはいるけれど、止まらない汗のせいで髪は濡れ、お風呂上がりに見えなくもない。そんな岩泉の姿が妙に色っぽく見えて、思わず見つめていれば、不意にあたしの視線に気が付いたらしい岩泉は一度手を止めてこちらに目を向けた。

「悪ぃな、手伝わせちまって」
「ううん、大丈夫」

暑いけど、色っぽい岩泉を見れたから。なんて、口が裂けても言えない。汗を拭った時に見えた腹筋が素敵、とか、汗ばんだ首筋がちょっとエロい、とか。他にももっと。プール清掃始まった時からずっと岩泉を見てました、とか、それどころかもっと前から見てました、とか。
実はずっと前から好きなんです、とか。
「もうそろそろ流して終わろうぜ」との花巻の言葉に「あぁ」と岩泉。汚れ流すからプールから上がってて、と及川の言葉が聞こえたけれど、目の前の彼から目を逸らすことが出来ず、体が動かない。そんなあたしを不審に思ったのか、岩泉が「大丈夫か?」と。それもちゃんと聞こえていたはずなのに。

「……好き、です」

はて。この言葉は言うべき言葉ではなく、言いたくない言葉じゃなかっただろうか。そして、一番言ってはいけない言葉じゃなかっただろうか。あれ、言ってはいけない言葉って何だっけ。何で言ったらダメなんだっけ。わからない。わからないけど、一つだけ思い出した。
そういえば、暑さで頭がやられていたんだった。
「名無しさん!?」と呼ぶ岩泉の声と、伸びてくる手。意識が途切れる直前、ちらりと見えた彼の顔が赤かったのは、あたしの所為でありますように。



(170508)


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