▽ ヘアチェンジ記念日
冬も終わり、これから暑い夏になろうという時期。学年も変わったことだし、折角だから気持ちも一新しようと思い立ったあたしが向かったのは美容室だった。
「どういう髪型にしますか？」と聞かれ、最近流行りの髪型にしてもらったあたしは、鏡に映る自分を見て口角が上げる。うん、可愛い。なんて、自画自賛もいいところだけれど、つい先程までの見慣れたあたしより、数段と可愛く見えたのは本当の事である。
『髪切った！』
幼馴染の及川徹と岩泉一、それからあたしの３人で作られたLINEグループにメッセージを送れば、すぐに既読の表示が付き、それから『どんな風にしたの？』と徹。正直言って、見てほしい相手はこっちではなく、もう一人、あたしが絶賛片想いしているはじめちゃんの方なんだけど。
『明日会ってからのお楽しみ！』
『えーケチ』
『うっさいハゲ』
『ハゲてないし！！』
くだらないやり取りを数回繰り返し、少ししたところで『お前らうるさいぞ』なんてはじめちゃんからのお怒りメッセージにそっと画面を閉じる。そこでふと、疑問が一つ。明日までお楽しみに、なんて自分でハードルを上げたのは良いが、果たしてこの髪型を見て、はじめちゃんは何というだろうか。「まぁまぁ」くらいだったら及第点だけれど、似合わないなんて言われたらどうしよう。まさか、彼に限ってそんなデリカシーのないことは言わないと思うけれど、幼馴染だから何でも言い合えるという点で考えれば有り得なくもない。
考え出すと不安が募っていき、咄嗟に開いたのは先程のグループではなく、個人のもの。
『はじめちゃん、なんて言うかな……』
美容室で撮った写メと一緒にメッセージを送った先は、あたしの想いを知っている徹。だけれど、先程と同じく既読は早かったのに、一向に返信が来ない。ここに来ての既読無視は相当傷付く。美容室を出た時の浮かれ気分とは一転して、下を向いてとぼとぼと歩く。そんなに変なのかな、恥ずかしい。
ぽたり。一粒の雫が地面を濡らした、丁度その時。
突然震えたスマホには電話のマークが表示されていて、急な出来事に思わず通話ボタンを押してしまった。相手はどうやらLINEでやり取りしていたアイツらしい。
「名無しさん、ごめん、」
「……何？」
「岩ちゃんに写メ見られちゃった」
「え、」
「そんで岩ちゃんにジュースぶっ掛けられたから俺の着替えもって駅前のマック来てほしいんだけど、」
「……は？」
「兎に角、早くね！お願い！」という声の向こう側は随分と騒がしく、徹の言うことは本当なんだろうけれど。話の脈略がわからないまま、一先ず徹の家へ。幸い、家の近くまで帰って来ていたから、ここから徹の家まで数分。それから駅に向かっても20分とかからずに着くはず。そんなことよりも事の展開が気になって仕方がないあたしは、いつもよりほんの少し歩調を速めて歩いた。
「おまたせ」
「あ！名無しさん、ありがと！俺、トイレで着替えてくる！」
「ほんとだ、名無しさんちゃん可愛くなってんじゃん」
「似合ってるね、髪」
「あ、ありがとう」
マックに着くなり、すぐに声を掛けられて。見れば、幼馴染２人と花巻、松川のいつもの４人。部活帰りに遊びに行くことになり、その前の腹ごしらえとしてここに立ち寄ったのだとか。あたしを見てすぐに褒めてくれた花巻と松川とは裏腹に、はじめちゃんは一度も口を開こうとせず、黙々とハンバーガーを口に突っ込んでいた。やっぱり、気に入らなかったのかもしれない。凹んだ気持ちを隠すように、花巻と松川とお喋りしていると、少しして着替えを済ませた徹が「おまたせー」と席に戻ってきた。と、同時に「名無しさん聞いてよ、岩ちゃんってばさ、」なんて言葉を紡ぎ出す。
「おい、クソ川！」
毎度おなじみ、はじめちゃんが徹に掴みかかろうとするけれど、今回ばかりは花巻と松川がはじめちゃんの両腕を押さえて、しっかり捕獲する。そんなはじめちゃんを見て、いい気味だ、と言わんばかりに口角を上げた徹は、それからこちらを向いて優しく笑った。
「岩ちゃんってば、名無しさんの写メ見て顔真っ赤にして噴き出したんだよね。それで俺に直撃。いくら名無しさんが可愛かったからってそれはないよね。服は汚れるし、スマホはベタベタするし、ほんとに酷いと思わない？ねぇ、岩ちゃん？」
「クソ川、てめぇ……！」と唸るはじめちゃんをものともせず、徹は話を続け、最終的に投げかけられた視線の先で、はじめちゃんは真っ赤な顔をして俯いていた。けれど、あたしだって人のことを言える立場じゃない。同じように真っ赤な顔をしていたであろうあたしを見て「じゃあ名無しさんちゃんもカラオケ連行ってことで」なんて、悪い顔で笑う奴らが３人。「早く告白すればいいのにね」と呟いた徹の言葉は、果たして誰に向けられたものなのか。
（170507）
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