青葉城西 | ナノ


▽ オムライス


「あれ?今日はおばさんのお弁当じゃないの?」

昼休み。一緒にご飯を食べるべく俺の教室に出向いてくれた部活仲間の及川が、目敏く俺の買い弁を指差してそう言った。それに反応して、同じく一緒に昼食をとるべく集まった岩泉と松川が俺の弁当を見て、それから「ほんとだ、どしたの?」なんて聞いてくる。俺だけ残して家族旅行でさ、ご飯とかなんもなくて。そう答えれば「言ってくれればマッキーの分も持ってきたのに!」なんて、どこまでもイケメンな及川の気持ちだけありがたく受け取って、けれどそんなことで迷惑をかけるわけにもいかないと丁寧にお断りしておいた。
そもそも、この件に関しては俺ですら朝まで知らなかったのだ。朝起きた時には既に旅行の準備が整っていて、まさに家を出る直前というところだった。そこで初めて「お昼ご飯は自分で何とかしてね!」という言葉が俺に投げかけられたのだから、買い弁をしたのは適切な判断だったと思う。

「じゃあ晩飯は?」
「あー、どーすっかなー。」
「みんなで食って帰るか?」

そういえば晩飯のことを考えてなかった、と、家の冷蔵庫や棚の中を思い浮かべるけれど、これといって腹の足しになりそうなものは浮かばず、代わりに浮かんだのは近所にあるコンビニのからあげさん。もしくは……。
一つ、選択肢が浮かんだけれど、その選択肢を使うのは随分と久しぶりだから使えるかどうかわからない。が、使えることならその選択肢を使いたいというのが俺の本意である。

「夜はいいや。自分で何とかする。」
「えっ、なに?もしかして作ってくれる彼女でもいるの!?」
「ちげーよ!ただ、頼めそうなやついるから、」
「ふーん?」
「ちげーって!」

ボカッと音がするほど強く、照れ隠し100%のパンチを及川に繰り出せば、殴られた及川は「何で!?」と悲鳴を上げたが、今のは挑発してきた及川の方にも少しは非があったと思う。「いいから早く食え」「岩ちゃん、ちょっとは労わってよ!」「二人ともうるさい」なんてギャーギャーとうるさい三人の横で、俺は希望の星へとメッセージを送信した。
もう一つの選択肢と言うのはまさにその希望の星のことで、及川の言う彼女というほどの人ではないものの、そいつは俺の幼馴染であり片想いの相手でもある。俺より頭の良いあいつは違う高校に進学しちゃって、なんとか時間を作っては会うようにしているけれど、それでも月に一、二回が限度。本当はもっと会いたいけど、部活で忙しい上に、自分の気持ちを素直に伝えられない俺にはこれが精一杯なのだ。

「で、彼女、どうだった?」
「もー!松川までそういうこと言う!」
「冗談、冗談」
「明日の朝だけは遅刻しても許してあげるからね、マッキー!」

にっこり笑ってから、及川にはもう一発パンチを食らわせ、もうこの話は終わりだと言わんばかりに、残っていた昼食を口に詰め込んだ。それからお茶で口を潤そうと思っていたのだけれど。返ってきたメッセージによって、それが及川に向けて発射されるまで五秒前。
あたしの手料理で良いなら!
思いもしないラッキー展開に驚いて口の中の水分を吹き出した俺は、悲惨な状態になった及川には申し訳ないが、嬉々として上がり続ける口角を隠すのに必死だった。

夜、部活が終わると一目散に着替えを済ませ、目的の地である名無しさんの家に向かった。昔は何かあると夜ご飯を一緒に食べていたのだけれど、会うのがやっとの最近ではご飯を一緒に食べるという行為をしなくなってしまっていた。しかもそれは自分の家だったりおばさんの手料理の話であり、名無しさんの手料理なんてものは、調理実習とバレンタインデーのチョコレートくらいでしか食べたことのない代物である。チャイムを鳴らそうと伸ばした手が震えていて、ちょっと笑えた。

「貴大、いらっしゃい」
「お邪魔します」

どうしてか、何度も来ているこの家でさえ新鮮に感じて。まるで新婚さんみたいだな、なんてニヤけそうになるのを我慢して、家に上がり込もうとしたのだけれど、名無しさんは不意にそれを阻止するように「あ、待って」と両手で俺を抑えた。なんだ、汗臭いから入るなとでも言うのだろうかと、被害妄想で傷付く俺に反して、名無しさんはニコリと笑う。

「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも、」
「お、お風呂!お風呂にする!」

咄嗟のことで理解出来なかったが、反射神経をフル活動させて絞り出した答えは決して間違いではなかったと思う。改めて言うが、名無しさんは幼馴染みと言ってもただの幼馴染みじゃなくて、俺にとっては片想いの相手なのだ。ご飯、お風呂、と来たらその続きはアレに決まってるじゃないか。挑発されれば乗ってしまうほどに健全な男子高校生だという自覚は俺だって持っている。
脳内の邪な考えをぶん殴って、もう一度「お邪魔します」と家に上がれば「じゃあご飯作って待ってるね」なんて、幸せすぎじゃないだろうか。

「あ、着替えは貴大ママから預かってるから。」
「は?」
「早く入っちゃってね。」

預かってる、の言葉に疑問が生じたけれど、次の言葉を見つける前に名無しさんに促されて、一先ずお風呂を借りることにした。お風呂場に行けば、確かに俺の服が準備されている。しかも部屋着。ということは泊まっていっても良いということだろうか。
またしても脳内を埋め尽くさんとする邪な気持ちを追い出すべく、数回頬を叩いた俺は、頭からお湯をかぶった。
それから少ししてお風呂から上がれば、テレビを見ながら俺を待っていたらしい名無しさんは嬉々として視線をこちらに向けた。

「すぐ出来るようにしといたから座って待ってて!」
「ん、何か手伝う?」
「じゃあお茶とスプーン準備しといて」
「おっけ」

台所に立つ名無しさんに声を掛けながら料理の準備を待つ俺は、高鳴る鼓動を落ち着かせる為、何度も深呼吸してはお茶を飲んでを繰り返す。期待に満ちた緊張が手に汗を握らせて。滝汗と言っても過言じゃないほど手だけが汗をかいている。それ程までに緊張していたせいか、数分後、名無しさんの「出来たよ」という声に、上擦った「は、い!」という情けない声が零れた。ごほん、と咳払いを一つして気を取り直そう、と思ったのだけれど。

「……オムライス?」
「うん」
「美味そう、なんだけど、さ、」
「うん、」

差し出されたオムライスと名無しさんの顔を交互に見れば、名無しさんの表情が少しだけ曇った気がしたけれど、そりゃあこんな事されたら誰だって戸惑うと思う。
名無しさんが出したオムライス。その上には「LOVE」なんて書かれたケチャップが、存在感を全力でアピールしているのだ。
もう一度、名無しさんに目を向ければ、今度は恥ずかしそうに目を逸らされて。「これは、その、」もごもごと口篭る名無しさんに「本気にするけど?」なんてちょっと意地悪な言い方をする俺。こういう時に素直になれない俺に苛立ちを感じるが、それでも俺の気持ちは名無しさんに伝わったらしい。顔を赤らめて「うん、本気にして」と。

「じゃあ、名無しさんも今から言うこと本気にして」
「うん?」
「……好き、です」

それからすぐ、恥ずかしさを隠すように二人で黙々とオムライスを頬張ったけれど、折角の名無しさんの手作りなのに味わっていられる状況じゃなくて殆ど味の記憶が残らなかった。
しかもその後聞いた話だけど、俺の家族は名無しさんの家族と旅行に行ったらしく、俺が名無しさんの家に来ることも両家族にとっては想定内。というか、早くくっつくように手のひらで転がされていた気さえする。が、兎にも角にも結果オーライだったから良しとしよう。



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