たがため | ナノ


  1.


あたしの彼氏は、及川徹。青葉城西高校のバレー部部長である彼は、この学校どころかバレー界では結構有名で、地方テレビなんかにも映るくらい。彼の特徴はバレーだけじゃなく、容姿端麗で勉強の方も劣っていない。勿論、運動神経は抜群。いつも周りからチヤホヤされる彼はあたしにとって自慢だし、一途にあたしを愛してくれる彼をあたしも愛している。
でも、だから、あたしは気付いてしまったの。

「徹、まだ起きてるの?」
「うん、もう少し。」
「ふーん。やっぱりカッコいいね、徹。」
「ありがとう。次はもっとカッコいいとこ見せるから。」

うん、期待してる。そう笑って見せれば、徹はニコリと笑って「ほら、もう寝てて。おやすみ。」とあたしの布団を直した。
毎日、毎日、前回の試合を確認しては、頭の中で反省とイメトレを繰り返す。あたしが泊まりに来ていても、一緒に寝た後に一人で起きてるの、ずっと気付いてた。それだけじゃない。練習だって絶対最初に来て絶対最後に帰るし、試合の日でも休みの日でもずっとバレーのことばかり。
あたしを放ったらかしにしてるわけじゃない。部活が休みの日はデートしてくれるし、電話もメールも細かにしてくれるし。あたしが言いたいのはそういうことじゃない。

「徹って、どれくらいバレーが好き?」
「ん、どうしたの?」
「なんとなく。」
「俺はバレーと名無しさんが世界で一番好きだよ。」

頭を撫でる大きな手の感覚。あたしを見る優しい笑顔。愛にあふれた口付け。大好き。大好き、大好き、大好き。だから。大好きな徹が大好きなバレーを続けられるように、徹の為に、あたしは。

数日後。屋上に来て、そう呼び出せば、徹は何もかもの用事をすっぽかしてあたしの元へ来てくれた。こんなにも素敵な人は、そうそういないだろう。それはあたしもわかってる。でも、愛する人に一番幸せになってほしい。例え、あたしが幸せじゃなくなったとしても。

「徹はいつも忙しそうだね。」
「えっ、ご、ごめんね!寂しい思いしてた?」
「ううん、違うの。」

そうじゃなくてね。練習にのめり込んで、バレーボールの世界に溺れていく徹も、みんなに笑顔を振りまく笑顔に疲れてる徹も、全部知ってるよ。それに、ほんの僅かな休日をあたしの為に使ってくれてることも。だから。
ごくりと息をのむ徹の目をあたしは最後まで見ることが出来なかった。

「だからさ、ちょっとだけお別れしませんか。」


(20150720)


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