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  08.


「やっぱりダメ。」
「え?」
「あたしだって謝りたい。」

目をぱちくりさせた徹くんは「何で、」と一言紡ぐのすら大変そうに見えた。けれどそんな徹くんはお構いなしに「ごめんね、見に行けなくて。」と。本当はとっても見に行きたかった。徹くんは強引にあたしを誘ったみたいに言うけれど、強引に誘われたなんて思ってない。あたしはあたしの意志で徹くんの応援に行きたかったのだから。

「あたし、もう一回行きたい。」
「え、」
「あともう少しだったの、もう少しで体育館に行けたの。」
「でも、」

もごもごと言葉に詰まる徹くんがあたしを心配しているのはよくわかる。でも、あたしだって徹くんと一緒に学校に通うっていう大きい夢があるんだから、こればかりは譲れない。それに、「今度は一緒に行ってくれる?」徹くんはいつだってあたしのことを心配している、それと同時にいつだってあたしには甘いことくらい気付いてる。

「……わかった。」
「ありがとう。」
「ううん、俺の方こそありがとう。」



強豪校の練習試合は毎週のように行われていて、青葉城西も例外じゃなかった。その週の土曜日、徹くんと一くんと一緒に朝早く学校に行けば、既に応援に来ている生徒もたくさん。緊張で顔が強張っていたのか、不意にあたしの顔を覗き込んだ徹くんはニコリと笑う。それから自然と繋がれる手はあたしの手をすっぽり包んで、とても逞しくて安心感を与えてくれた。

「大丈夫だよ、傍に居るから。」
「うん。」
「あ、そうだ!部員にも名無しさんちゃんのこと紹介するね!」
「え!?」
「味方は多い方が良いから!行こう!」

ぐい、と手を引っ張る徹くんがとても楽しそうで、あたしの足も勝手に徹くんを追いかける。突然すぎる展開に頭は全くついていけてないけれど。あたし達の少し後ろの方から一くんの溜息が聞こえた気がするのは、きっと気のせいじゃない。

「おっはよー、みんな!」
「おは、……え、誰?」
「え、及川さんが可愛い女の子連れてきた!」
「誰っすか?」

体育館に入るなり、矢継ぎ早に飛んでくる疑問と好奇の目。急に世界が歪み、真っ直ぐ立っているのかどうかも分からなくなる。あぁ、吐きそう……だった、はず。気が付けば徹くんがあたしを抱き寄せるように立っていて、まるで幼馴染を紹介する体勢ではないことに気付く。同時に顔が沸騰したかのように熱くなって、違う意味で立っていられなくなりそうで。

「なんか顔真っ赤だけど。」
「あはは、これからお嫁さんになってもらう約束するとこ。」
「えっ、」
「初耳って顔してますけど、」
「今初めて言ったもん。ね、いいでしょ、名無しさんちゃん?」
「えっ、あっ、」

嬉しいのと、恥ずかしいのと、色んな気持ちが混ざり合って上手く声を出せずにいれば、突然背後でドスッと重低音が響いた。それから「いい加減にしろ、クソ川。」と聞きなれたはずの人の聞き慣れない声。いつの間にか足元に転がっていたボールは一くんに拾われ、「もう!嫉妬しないでよ、岩ちゃ、」言いかけの徹くんの顔面にクリーンヒットした。

「あーあ、名無しさんちゃんにカッコいい俺を見せるつもりだったのに。」
「及川っていつカッコイイの?」
「マッキーまでそういうこと言う!」

顔に手を当て泣き真似をする徹くんにマッキーと呼ばれた男の人の一言が刺さったらしく、ほんの少し涙目になる徹くん。そんな彼が可愛くて、愛おしくて。「あぁ、やっぱり好きだ。」そう気付いた時には、笑っていた、らしかった。

「あ、笑った。」
「ちょ、今笑うとこじゃないから!何で笑うの!?」
「あたしも、徹くん、好き。」
「っ!」

上手く言葉が出なかったけど必死に絞り出して伝えれば、徹くんは一瞬目を見開いて、それから顔をくしゃくしゃにしてあたしを強く抱きしめる。少し苦しいくらいのそれがとても心地良くて、その感覚は暫く体から離れなかった。


その日以来、あたしは彼氏となった徹くんといつまでも優しい一くんに支えられながら少しずつ学校に行くようになった。バレー部の人達も仲良くしてくれている。
及川という名前も、今ではあまり怖くない。寧ろ幼馴染であり彼氏である徹くんと同じ苗字である奇跡に感謝している。


(20150507)


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