君の代わりに | ナノ



06.


「ほんで謙也が転んだっちゅーわけやねん!」
「あはっ、あはははは!!」
「おもろすぎるやろ!」
「謙也先輩がそこまでドジやなんて……っははは!!」

あれから数分後。白石先輩とあたしは他愛もない話で談笑(と言うよりは爆笑)していた。
きっかけは、来週から一週間、公欠をとって練習合宿を行うという話だったはず。そこで、折角だから謙也先輩の従兄弟が居るというコネを使って氷帝も呼びたいという話になり。さらに全国王者の立海も呼びたいだのなんだのと言いだして。そこから去年の合宿の話になり、謙也先輩のドジっ子特集になったというわけだ。
それにしても、蔵ノ介先輩は話が上手い。オチが見事に最後に来るっちゅーか、途中まで全然オチが見えへんっちゅーか。あたしもこれくらいの話術が、

「痛っ!」
「どないしたん?」
「目、目に!目に眉毛が!!」
「ちょ、落ち着きや。とりあえず“まつ毛”やと思うで。」
「そんなんえぇねん!痛い痛い痛い!」

突然来た。急に入ってきやがった。やばい痛いどないしよ!泣いたら取れるとか嘘やん!!涙は出るけど痛すぎて目開けられへん!あかん、テンパってきた!どないしよ!

すると不意にぐい、と顔を上に向けられて、目を強制的に開けさせられて、少し経った後に痛みが消え去った。涙で歪む視界の先には、蔵ノ介先輩の半分呆れたような安堵の微笑が。そんな表情で「まつ毛取れたで。」なんて言うから、あたしの顔は一気に赤面して。とりあえず「申し訳ございませんでした」の一言。

「……何やってんすか。」

それは、あたしが謝るのとほぼ同時だった。涙目で、それでいて赤面しているあたしを見て、急に部室に入ってきた光は何を思ったのか、蔵ノ介先輩に怪訝を投げつけた。確かに、光がそっちに矛先を向けるのもわからなくもない状況に見えるけど。それに対して、蔵ノ介先輩も蔵ノ介先輩で「ちょっとな、」なんて含んだような物言いをするもんだから、空気は重くなる一方。ここはあたしが何か言わなきゃいけないんだろうけど、えっと、こういう時は何を話すべきなんだろう。

「あ、あのな、あたし目にまつ毛入ってな、蔵ノ介先輩がとってくれたん。」
「どうせまたテンパって、眉毛入ったとかわけわからんこと言うたんやろ。」
「っ、それは、その、」

蔵ノ介先輩との対峙に集中しすぎて適当な返事が返ってきたり、もしくは無視されたりするかも知れないと思ってたけど、意外とそっちに意識を向けていなかったらしい。あたしの恥ずかしい癖のようなものをサラッと暴露して、嘲笑。恥ずかしくなって、やっと治まってきたはずの赤い顔がまた赤くなった気がした。幼馴染はこういう点で怖い。

「アホなのも大概にしいや。それより、洗濯物どないしたんや。もう終わった頃ちゃうんか。俺のユニフォーム皺くちゃなっとったら洗い直しやからな。」
「あかん、忘れとった!光、手伝ってや!」
「レギュラーに手伝ってもらうマネージャーってどないやねん。」
「えぇやん!なぁ光、お願い!」

自分がダダをこねる子供のようだと薄々気付いてるけれど、まるで気付いていないかのように光の腕を掴んでそう言えば、その先から小さな溜息が聞こえた。わかってる。これは嫌々だけど仕方ないからやってやるという、光の合図。返事らしい返事はきっと無くて、はよ行くで、とか何とか言って急かされるんだと思う。

「ほな、」
「白石!今日ダブルスやるんか、て小石川が。」

期待とは裏腹に、あたしの耳に届いたのは光のやる気のない言葉なんかじゃなく、謙也先輩の明るい声だった。さっきは蔵ノ介先輩に向けた怪訝を今度は謙也先輩に向ける光。きっと謙也先輩には理解できない状況だろうけど。

「……名無しさん、行くで。」
「あ、はーい。」

触らぬ神に祟りなし、とでも言うべきか。



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