君の代わりに | ナノ



05.


白石が言うた「用事」っちゅーんが、名無しさんちゃんのことやってすぐわかった。せやから俺は白石の邪魔をせんように、小石川と一緒に部活の方を……。なんて、そこまで従順な人間ちゃうことくらい、白石はきっとわかっとるはずや。
とりあえず、白石に迷惑かけへんようにと心に決めて、俺は俺なりに行動を起こすことにした。

「財前、」
「…………、」

が、そう上手くいくはずもなく、声を掛けただけなのに怪訝な顔をされて。挙句、俺の事なんかまるでなかったかのようにスタスタと歩き出す財前。まだ行動を起こして早々やけど、もうめげそうな気持ちになった。それでもめげずに声を掛ければ、振り向いた財前は眉間に皺を寄せとる。明らかに「話したくない」と顔に出しとるけど、そこは気付かへんふりっちゅーことで。

「名無しさんちゃんと何かあったんやろ。」
「謙也さんには関係ないっすわ。」
「関係なくても、仲間なんやから気にして当然やろ。」
「……部長の差し金っすか。」
「いや、これは俺の意志や。」
「あっそ。」

自分から聞いてきた割に、財前は興味なさそうに答える。もう慣れてもうたのかあんまり気にはならへんけど、もう少し愛想よくできへんのやろか、とも思う。まぁそれは置いておいて、カリカリとガッドを弄る財前に、俺は話を続けた。

「まー、確かに財前と名無しさんちゃんのことに首突っ込むんは、流石にできひんけど。せやけど、泣いとる女の子を放っておくっちゅーのも、男として情けないと思わへんか?」
「は?泣いて……は?」
「ん?どないしたん?」
「何でもないっすわ。」

一瞬だけ、財前の顔が動揺を表したように見えたんやけど、気のせいやったやろうか。目をぱちくりさせて見直した財前は、もう普段の財前やったけど。まさか、財前がそんな顔をするなんて思っとらんかったせいか、妙に鮮明に記憶が蘇って、勘違いやと考える俺を否定しようとする。それと同時に、俺の中に一つの考えが浮かんだ。
(財前、もしかして……)

「そういえば、白石が名無しさんちゃん連れて部室に入っていったで。」

せやけど、それは口に出さずに、俺は敢えてカマをかけるようなことを告げる。すると財前は一瞬躊躇ったような顔をして、それから「ちょお、トイレ行ってきますわ。」なんちゅーわかりやすい嘘をつくもんやから、思わず笑ってしもた。そないな財前に睨まれても、怖さの欠片もない。
駆け足で部室へ向かう財前の背中に「長いトイレでも構へんでー」なんて冗談を投げかければ、聞こえとらんかったんか、それとも意図的か、財前は振り向かんかった。

「なぁ謙也、光知らんか?」
「あぁ、財前やったら長い長いトイレ中やから。」
「は?何やそれ。腹でも下したんか?白石んとこ連れて行きや。」
「腹っちゅーか、胸のもやもやを取りにな。大丈夫や、白石も一緒やから。」
「は?吐くんか?白石も一緒?は?」

財前が部室に入るのを遠目から確認し終えるのとほぼ同時に、白石の代打となった小石川が声を掛けてきて。俺はあまり詳しく話すべきやないと思って遠回しに言うてみただけなんやけど、多分きっと何も伝わってへんと思う。まぁ、しゃーないわな。財前はトイレに行くて言うただけやし、俺は少し脚色しただけやし。小石川が鈍感なのが悪いんやで。俺は決して悪くないで。
例え、財前が白石と一緒に吐いてる、とか言う訳のわからん噂が現在進行形で広まっているとしても。

「さて、俺も部室に行くとするかな。」
「あ、謙也。白石に今日はダブルスやるんか聞いてきてくれへんか?」
「了解や。」

この状況で財前とダブルスやるなんて怖くてしゃーないから、俺は断固拒否やけどな。



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