君の代わりに | ナノ



03.


やっぱり初めての子には、慣れた人と一緒に居てもらうんが一番やな。なんて思ったのは、三十分ほど前のこと。その考えが一気に崩れ去ったのは、ほんの数分前。
「うっさいねん!光のアホ!」とか何とか、名無しさんちゃんの叫び声が聞こえたかと思えば、心底機嫌の悪そうな財前がコートに戻ってきて。俺の隣に居った謙也が、もう喧嘩でもしたんやろか、と呟いた。
そんなはずあるか。財前がそう簡単に喧嘩するような子を連れてくるとは思えへん。

「財前、どないしたん?」
「別に。」
「別に、ってお前なぁ……。」
「…………。」

先輩である俺らの質問には全く答えずに練習に戻ろうとする財前に、謙也はふと首を傾げた。普段やったら、うっさいっすわ、とか言うてくるのになぁ。そう言う謙也に、俺も、そう言えばそうやなぁ、と返す。怒っとるっちゅーより、ショックを受けとるように見えたんは、俺だけやないらしい。
ほな、名無しさんちゃんがプンスカしとるんやろか。そう思って、俺達の大量の洗濯物を洗濯機へ運ぶ彼女の元に向かえば、こっちはこっちで大惨事やった。

「名無しさんちゃん、財前となんかあっ…………」
「蔵ノ介、先輩……謙也、先輩……」
「ど、どどどどないしたん!?」
「…………。」

途中で言葉を止めてしもうたんは、振り向いた名無しさんちゃんが、予想外やったから。
目を真っ赤にしながらボロボロと涙を零して、けれど嗚咽を漏らさないようにと必死に息を呑み込んどる。それを見ただけで、堪えようとしたけれど堪えきれなかったことは、すぐに分かった。それから、名無しさんちゃんも財前と同じように、言葉を返してくれへんことも。

「謙也、ちょお部活頼むわ。小石川と一緒に適当に進めといてや。」
「は?え?白石は?」
「俺は用事できた、今。」
「…………わかったわ。」

名無しさんちゃんの涙に驚いて役に立たない謙也には部活のことを任せて、俺は名無しさんちゃんの肩に手を置いた。謙也の反応は流石に異常やけど、俺やって名無しさんちゃんの涙にびびっとらんわけやない。つい1時間くらい前は、強そうな子やと思うとっただけあって、まさか泣き顔を見るなんて思ってもみなかった。しかも、出会ってこんなにすぐに。
とりあえず、この中途半端な洗濯物を洗濯機に放り込んで、スタートボタンを押す。その間、名無しさんちゃんは無言のままやった。

「……ほな、洗濯が終わるまで、俺に付き合ってくれへん?」
「え、」
「何やねん、その反応。」
「あ、いや、説教とかされるんかと思うたんで。」
「っ、ははは!」

やっと泣き止んだ名無しさんちゃんの目は真っ赤で、それでいて上目遣いをするような可愛ぇ子を俺が説教なんて出来るはずない。そもそも、説教をするつもりなんてこれっぽっちも無かったんやけど。「そんなんちゃうで。」そう言えば、名無しさんちゃんは少しばかり安心したような表情を向けた。
まぁ、話をしようとは思っとるけど、とは言わんとく。

「ほな、とりあえず座ってや。」
「あ、はい。」
「お茶とスポドリと水あるけど、どないする?」
「じゃあお茶で……」

皆の我儘を聞いて用意したお茶やったけど、あってよかった、と今更になって思った。こないな会議室みたいな部室で、真剣に話したら重苦しくてさっきみたいに話してくれへんかもしれんし。
ほら、飲みや。と言いながらお茶と、その辺にあった煎餅やらクッキーやら(ファンからの貰い物)を差し出せば、名無しさんちゃんは遠慮がちに「ありがとうございます」と答える。やっぱり良ぇ子や。

「…………ほんで、どないしたん?」

自分の分のお茶も用意して、俺は椅子に座りながら名無しさんちゃんにそう尋ねた。そうすれば明ら様に嫌そうな顔をする名無しさんちゃん。唐突に聞きすぎたやろか、なんて考えるけど、今更言い直し聞かへんことはわかっとる。

「えーっと……」
「答えたない、です。」
「え、ぜ、絶対?」
「…………。」

キッパリと言い切る名無しさんちゃんは、これ以上その話題で口を開く気はないらしく、俺から視線を反らした。初日やのにこんなに不機嫌になるマネージャーは初めてや。今までのミーハーな女の子達は、嫌でも毎日笑顔やったっちゅーのに、ここまで敵意を剥き出しにしてくるとは。


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