君の代わりに | ナノ



02.


まぁ、初めのうちは迷うやろうから、その辺の誰かに聞いてや。白石蔵ノ介がそう言ったから、あたしはとりあえず、一番気のおける彼を指名した。財前光。幼馴染でもあり、一番の親友でもある。それに、家族以外は誰も知らないあたしの秘密を彼だけは知っている。
まずは、大分溜まっている洗濯をしようと思って、部室にある洗濯物入れから汚れたブツ達を取り出して、洗濯機の傍まで運ぶ。けれど、今までこんなに大量の洗濯をしたことがないせいか、効率の良い運び方も洗い方もわからなくて戸惑うあたしに、傍に居た光は呆れ笑い。

「別に、初めてなんやからゆっくりやればえぇやん。」
「それは悪い気ぃすんねんもん。」
「慌てて失敗する方が時間かかると思うで。」
「っちゅーか、光がもっと手伝ってくれたらえぇやん!」
「アホか。レギュラーがここまで手伝ってくれとるだけで感謝するべきやろ。」

それもそうだけど、と呟くように小さく言い返した。
小さい頃からいつもそうだけど、光はあたしに優しい。というよりも、あたしからしてみれば、あたしに優しいと言うよりは、皆に冷たいように見えるんだけど。まぁ、テニス部の人達への毒舌は、きっと愛情の裏返しみたいなものだと思う。兎に角、光はすごく良い人。
あたしと一緒に洗濯物を運んでくれている光を見て、思わず笑みを零せば「何やねん、急に。気持ち悪い。」と頭を叩かれて、心の中で前言撤回と連呼した。

「そない見つめても、何も出ないで。」
「べ、別にそんなんちゃうし!」
「ふーん。」

別にえぇけど?なんて言いながら含み笑いをする光に、いつか、ぐうの音も出ないような反論を言ってやろう。そう決意したあたしの横で、光は洗濯物を洗濯機に入れると言う次の作業をやり始めた。そういうところは、やっぱり良い人。というか、レギュラーにここまでやらせているあたしもどうかと思うけれど、初めてだから仕方ないということで。
自分に適当な言い訳をして、光と一緒に作業していると、ふと、隣からの視線に気が付いて目を合わせる。「何?」と聞けば、すぐに「いや、」と視線を反らされてしまったけど。

「何やねん、見とれとったん?ん?」
「アホか、何で名無しさんなんかに。」
「あたし“なんか”で悪うござんした!ほな何なんよ。」
「俺、言うてへんから。」
「は?何を?」

あたしに目を向けることなく、作業の手さえ止めることなく、淡々と告げられた言葉に、あたしは少しだけ動揺した。手が震えて洗濯物を上手く掴めないのも、持っていた洗濯物を少し落としてしまったのも、きっとその所為。光が何を言わんとしているのかわからないわけじゃないけれど、思わず聞き返してしまうくらいに、次の台詞が怖かったから。

「お前の、こと。」
「…………。」

お前の、と言う言葉の後に、まるでソレを隠すかのような空白を入れるあたり、光らしい。あたしがソレを口にしたくないくらい、ソレに嫌な思いを抱いているということをよくわかってくれている。ソレが、光とあたしの秘密。
あたしが思い出したくもないその話を何でこの、楽しくなってきたタイミングでするのかはわからなかったけれど、マネージャーをやるに当たって重要なことだと言うのはよくわかる。わかっている。けれど本当に誰にもしたくない、意地でも隠し通したい、その思いはあの記憶を忘れられるまでは消えない。

「名無しさん、」
「嫌、やで。絶対言わへんから!」
「わかっとる。せやけど、俺んことくらい頼れや。名無しさんのソレは俺の、」
「うっさいねん!光のアホ!後は一人でやるから、練習行きや!」

光の言葉を遮るようにあたしはわざと怒鳴り散らして、まだあたしを手伝おうとする光を無理矢理コートの方へ方向転換させる。一瞬見えた光の顔が、不満と申し訳なさの混ざり合った複雑な表情で、あたしは顔を背けた。
その続きは“俺の所為でもあるんやから”やろ。もう聞き飽きたっちゅーねん。
すぐに光に背を向けて作業を再開すると、光の足音が遠ざかり、かと思えばぴたりと止む。それから、悲しそうな声でその言葉を言われたもんだから、あたしは強く唇を噛んだ。

「…………名無しさん、好きやで。」

アホ。わかっとんねん、そんなん。何度も何度も聞いたっちゅーねん。せやけど、あたしのソレに光が気負いしとる限り、あたしはそれに答えたくない。あたしには、光の“好き”と普通の“好き”が、違うように思えてしゃーないねん。なぁ、光。




(20120128)

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