君の代わりに | ナノ



14.


バスから降りれば、自分が持っている荷物とこれから登るであろう山を見て溜息が零れた。ほんまに怠い。この大荷物を持って山を登る意味がわからへんし、そもそも貸切バス使わんとかアホか。朝は早いしバスはうるさいし、おまけに隣に謙也先輩が座ってからはもっとうるさくて後輩イジメも甚だしい。部長は部長で、名無しさんと何を話したんか知らんけど様子おかしくて話にならん。

「光、どないしたん?」
「この部活にまともな人間が居れば良かったな、て考えてたとこや。」
「待って、あたしはまともやで!」
「ほな、まとも人間代表としてこの無法地帯どうにかせぇや。」
「そ、それは……、」

冗談のつもりやったのに。戸惑ったように焦りを見せる名無しさんを見て笑わずにはいられない。っちゅーか、百面相やめろっちゅー話せぇへんかったっけ。その顔やめぇや、と軽く小突けば「何やの!」と名無しさんが反発するのも当たり前で。今更素直になれへん俺も俺やな。

「疲れてきたら早めに言うんやで。」
「まだまだやもん。」
「流石に今からおぶれとか言われたら帰るわ。」
「非情やな、」
「今更やろ。」

とりあえず、今は名無しさんが笑っとる。それだけで十分や。口には出さへんけど心の中でポツリと呟けば、名無しさんは不意に俺の顔をじっと見つめて「どないしたん?」なんて。驚きとか照れたとか、恥ずかしい感情ばかりが頭を埋め尽くそうとするのを必死に振り払う。何でもないわアホ、光ってば照れたんやろ、照れるか。なんてお決まりのような言葉を交わしあえば、前方を歩く先輩らが「仲えぇな。」とニヤニヤ。今日は朝から最悪や。

それからしばらくは何事もなく、名無しさんも部員と喋りながら合宿所までの道のりを楽しんどるみたいやった。部長もいつの間にか復活しとって、名無しさんと楽しそうに話す。それにイライラしないかといえば嘘になるけれど、みっともないような真似をするつもりは更々ない。そもそも俺は、まだ名無しさんに対する自分の気持ちに区切りをつけられへん。



「ほなちょっとそこの木陰で休憩しよか。」
「おー、さすが白石、気ぃ効くな。」
「ちゃんとスポドリ飲んでな。」

少しして、部長の指示で休憩を挟んだ。
普段の、体力のある俺らだけやったらなかったであろう休憩に「優しい」だの何だのと好反応が飛び交う。そんな中で小さく服を引っ張られれば、そこにいたのは案の定、名無しさんで。「もうそろそろアカンかも」なんて苦笑いで誤魔化すけれど、足が痺れてきとるらしく、我慢しとるのはすぐにわかる。意地悪く溜息を溢して「しゃーないな、」なんてほんまに素直やない。

「とりあえず座ってスポドリ飲みぃや。」
「……おん、」
「部長呼ぶわ。」

視線を下げる名無しさんの気持ちはようわかっとるつもりや。ここで歩くのをやめればみんなの迷惑になるし、かと言ってこれ以上自力で進むことは不可能に近いし。迷惑やとかそんなこと気にするようなやつ、ここには居らんとおもうけど。
部長を呼べば、勘がえぇ部長はすぐに察したらしく、名無しさんの前に屈む。

「よう頑張ったな。」

ほら、やっぱり善人や、この人。優しく頭を撫でて「あとは俺がなんとかしたるから。」なんて言う部長に、名無しさんが顔を赤くするのもわからなくはない。俺はそないなこと言わへんし、こんなにサラっとキメられるのは正直部長くらいやと思うし。やからって、それを受け入れられるかどうかは別問題やけど。

「……で、どないします?」

しょうもないやり口やと分かりながらも、わざとらしく咳払いを一つしてそう言えば、部長は何もかもわかったような顔する。っちゅーか、多分、部長のことやから俺の気持ちをわかっとるはずや。せやけど俺も、ナンパ嫌いなあんたが好きやない人の頭撫でたりせぇへんことくらい知っとりますわ、部長。

(20141217)


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