雨のち、 | ナノ



AGE 13


小学生から見る中学生の憧れは何と言っても部活動だけど、あたしも凛ちゃんも、何かの部活に入ろうとはしなかった。あたしは武術の稽古だけで十分だったし、凛ちゃんは凛ちゃんで何か理由があるらしく、部活動に参加していない。
そんな時だった、彼が何の前触れもなくあたし達に近付いてきたのは。

「キミ、部活に入ってないらしいですね。」

顔と名前は知っていた。木手永四郎。木手もまたおなじところで武術をやっている。けれど、それ以外のことは何も知らなくて。話しかけられた張本人である凛ちゃんは、彼の話を聞くどころか、彼の顔すら見なかった。

「誰がや、お前。」
「木手永四郎です。」
「興味ねーらん。帰れ。」

木手のどこが気に食わなかったのかはわからないけれど、凛ちゃんとしては彼が不愉快だったらしく、それ以降は彼が教室から出ていくまで何も喋らなかった。
木手が自らの教室に帰って行った後、凛ちゃんは小さく溜息を一つ。それからあたしに苦笑を向けた。

「あにひゃー、武術強い奴にあーやって勧誘してるらしいさぁ。」
「何ぬ勧誘?」
「……………。」
「凛ちゃん、」
「テニス。やしが、名無しさんがテニス好かんあんに?」

どういうことか今更わかったあたしがバカバカしい。それでいて、憎い。
凛ちゃんが部活をやらないのも、木手の勧誘を断るのも全ては面倒だからだと思ってた。だけど、そうじゃない。本当はテニスがやりたくて、でもあたしを気にして、我慢してる。そんなことに気付けなかったあたしも、凛ちゃんに我慢させていたあたしも、全てが憎い。

「あ、あたし……」

だからあたしは、あたしに嘘をつきました。

「まだ、テニス好きだよ。だから、」

いつでも凛ちゃんが自分よりあたしなんかのことを気にしてくれているのは、もう気付いてる。だから凛ちゃんがあたしのことを気にしないで生きていくためには、あたしがあたしに嘘をつくしかない。凛ちゃんが幸せになるんだったら、あたしの幸せなんかいらないから。

「わんが上手くなるまで待ってれー。」
「……?」
「名無しさんのボールくらいちゃんと打ち返してやっからよー!」

幸せなんか、いらない、のに。どうして凛ちゃんはいつもあたしの事ばっかりなの?どうしていつもあたしが嬉しくなるような事ばっかり言うの?

「あ、そーだ!奴に頼んで名無しさんをマネージャーに、……名無しさん?」

どうしてそんなにあたしに優しくしてくれるの?

「…っ、ずる、い、よぉ……」
「名無しさん、ぬ、何ち泣ちゅんばぁ!?わ、わん何がらしちゃん!?」
「凛、ちゃ…っ、優しい、ぬ、ズルいっ…!」
「え、あ、わったさん?(ごめん?)とりあえず泣きやめー。な?」

それからあたしは、慌てた凛ちゃんに「とりあえず保健室……?」とかいって連れて行かれ、泣き止んだところで今度は木手のところに連れて行かれた。マネージャーにするとか何とか言ってた凛ちゃんの言葉は、嘘じゃなかったらしい。

「テニス部に入る気になりましたか、平古場クン。」
「名無しさんがマネージャーならな!」
「………はぁ。」
「よし、交渉成立やっし!」

強引な取り決めだった気もしなくはないが、とりあえずあたしはマネージャーという形で入部することとなった。それが正しかったかどうかなんてわからないけれど、凛ちゃんの笑顔を見れば、これで良かったんだと思う。





「ひ、平古場くん…話があるんだけど……。」
「わんは無い。」
「わっさいびーん…(ごめんなさい…)」

部活に入ってから少し経った頃のこと、あたしはふと凛ちゃんの行動に首を傾げた。
今まで以上にモテ始めたせいか、昔よりも断り方が乱暴になった気がする。それだけじゃなくて、あたし以外の女子と会話らしい会話をしたのなんか、ここ最近見てない。それでも人気者になってしまうくらいの、美貌と人柄が羨ましくなるくらいに。

「凛ちゃん、ファンいなくなるあんに。」
「別に。名無しさんがいるさぁ。」
「まぁ、そうやしが…」
「じゃあゆたさんあんに。(じゃあ良いだろ。)」

もちろん冗談半分なんだろうけど、笑う凛ちゃんに、素直に笑顔を返せないあたしがいた。こんな最低なあたしをずっとそばに置いておく理由がわからないから。この世には凛ちゃんにお似合いの女の子が沢山居るのに。


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