バトテニ | ナノ



もしもこの場にアイツがおったら、俺はどうしとったやろうか。多分、アイツの目の前で俺は自殺して、アイツに生きろって叫んで。せやけど、この場にアイツは居ない。マネージャーであるアイツは、このテニス部の中でただ一人、傍観者であることを許された。

「殺されるんと、見てるん、どっちが辛いんやろうな…」
「見てるん。」
「そない即答せんでもえぇやん。」
「無駄話しとる間に時間になって皆でおじゃんってことにはしたくないんすわ。」
「…わかっとる。」

部長は、いつもの調子で呆れたように溜息を一つ。この人は死ぬのが怖ないんやろうか、と思ってしまうくらいに冷静で、せやけどアホらしいくらいに明るい“いつものまま”の部長が、何を考えとるんか俺には分からへんかった。もしかしたら、死ぬ気なんて毛頭ないから冷静なのかもしれへんし、大人な部長のことやから俺には分からへんような考えをしっかり持っとるんかもしれへん。そうだとすれば、俺はまだまだ部長に学ばなあかんことが沢山あるはず。

「…死にたないっすわ、俺。」
「それは皆同しやと思うで。誰も死ぬ準備なんかできてへん。」

そう言う部長は空を越えたどこかずっと遠くを見るような目で、まるでこれからの未来を見据えとる様子やった。もしかして、今まで部長が怖なかったんは、部長が自分自身の感情をわざと面に出しとってくれたからかもしれへん。せやから、部長が何を考えとるんかわからなくなった今、初めて俺は部長を見て体が動かへんのかもしれない。怖い。殺されるんちゃうかっちゅー恐怖とは違う。俺が怖いんは、部長がこれから俺の前で死のうとするんちゃうかっちゅーこと。

「財前、」
「…はい。」
「ほんまのこと言うと、名無しさんと財前が付き合ったん悔しかったわ。俺かて名無しさんのこと好きやったし、譲りたくもなかった。せやけど、名無しさんはやっぱり財前やないとあかんみたいで、俺の前よりも財前の前の方が可愛ぇ笑顔しとるんや。」
「そないな大暴露、今聞きたないっすわ。もっと笑かしてくれないと困ります、部長。」

まるでこれから死ぬみたいで怖なるやないっすか、口には出さへんけどそう思うた。
口に出さへんかったんは弱みを見せたないっちゅー俺の強がり、それから、肯定されたらどないしようっちゅー恐怖。

「すまんすまん、ここは白石蔵ノ介セレクトのウケるギャグ100連発でもやった方が良かったな。」
「いや、それは遠慮しときますわ。」
「厳しいなぁ。」

言いながら部長がいつもの楽しい部活の調子で笑うから、つられるように俺も笑う。ふと、目に入った時計はすでに7時近くになっとった。いつもやったら、あと30分で部活が終わるんを楽しみにしとる時間やけど、今はあと1時間で終わるこのゲームのせいで心臓が煩かった。

「せや、財前に配られた道具、なんやった?」
「は?」
「俺に配れた道具な、懐中電灯やったんや。これでこの暗い森から無事に帰れるで。」
「良かったやないっすか。」
「はは、こないなところでボケんといてや。財前の道具はちゃんと銃やったんやろ?」

言うが早いか、部長は俺に配布された鞄から銃を取り出して、代わりに俺の鞄に懐中電灯を入れる。その行動にどういう意図があるのか、俺にはすぐに分かった。

時計はあともう少しで30分を告げようとしとる。

「止めんといてな、財前。」
「っ、そんなん…ズルいっすわ。」
「男が泣くなん情けないで。せやけどまぁ、今日だけ。今日だけは許したるから、俺らの為に思いっきり泣き。そんでもって、明日からは笑顔で暮らしや。」

死にたくない。名無しさんの為にも絶対に死んだらあかんって思っとる。せやけど、死にたないからって皆が死んでも良いだなんて、思えへん。この部活に入って、このメンバーで部活が出来たからこそ、俺は何だかんだで楽しい充実した毎日を過ごせた。せやのに。

「俺、まだ…」

皆と一緒にテニスがしたい。皆と一緒に笑いあいたい。まだ、サヨナラしたくない。

部長に手を伸ばしかけた丁度その時、目の前で大きな爆発音。それとほぼ同時に遠くからも数発の爆発音が聞こえて。さっきまでぴんぴんしとったはずの部長は、近くの木に寄り掛かるようにして座っとった。

「ぶちょ、部長!」
「来たらあかん!」
「せやけど、」
「いつもの財前らしくないで。俺のことなん放っておいて、名無しさんを幸せにすることだけ考えとき。それでたまに、ッゲホゲホ…俺らのこと、思い出して、くれ、たら嬉しいわ…。財前、出来、るや、ろ?返事、は、YESしか受、け付、けへん、で。」
「……はい。」
「それでこ、そ俺の後、輩や。…サヨナラ、財前。」

7時半、部長は永い眠りについた。いつもの部活を終えた時のような、爽やかで明るい笑顔を向けながら、優しい部長のままで。





(101109)

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