君にECSTASY | ナノ





「名無しさんちゃん、行くで!」
「あ、うん!行ってきます!」

居候2日目の朝、蔵ノ介くんと一緒に学校に行くことになった。まだ道がわからないからって蔵ノ介くんがそう提案してくれて、断れるはずもなく一緒に行くことに。部活の朝練があるらしい蔵ノ介くんに合わせて、朝練7時に家を出てゆっくり登校。

「いつもこんなに早いの?」
「せやな、部長やし。」
「ぶ、部長!?」
「おん。」

笑いながらさらっと『部長』だなんて、そんな軽い単語じゃないはずなのに。苦笑しながら「見えへん?」なんて聞いてくる蔵ノ介くんに、あたしはぶんぶんと激しく首を左右に振る。

「いや、確かに部長は適役っぽいけど…まだ3年生居るでしょ?」
「せやけど…なんや顧問に気に入られたみたいでな、2年になってから部長やっとるんや。」
「す、すごい」
「そないすごいもんちゃうで。『部長』っちゅー肩書きだけやし。」

ははっ、と毎度お馴染みと化してきている爽やかな笑顔をあたしに向ける蔵ノ介くんは、人間として褒めたたえてあげたいくらい。部長なんだから少しは部長ぶっても良いのに、少しも偉そうにしないなんて良い人過ぎ!

「それでもすごいよ。」
「おおきに。そないなこと言われたん初めてや。」

嬉しそうに微笑む蔵ノ介くんに微笑み返して、それからまた前を向いた。けれど目の前は行き止まり、というか寺で。蔵ノ介くんを見て首を傾げれば、蔵ノ介くんも首を傾げる。

「どないしたん?」
「寺、じゃないの…?」
「あぁ、寺の中に学校があるんやで。」
「え?あ、本当だ!」

よく見れば、寺の外装に似つかわしいとは言い難い建物が門の向こう側に合って、蔵ノ介が言うにはそれが四天宝寺中らしい。建てた人は大分思い切ったなぁ、なんて考えながらも門を通る。

「っぶ!」

瞬間、急に隣にいた蔵ノ介くんが見えなくなって、足元からは不思議な声が聞こえた。あまり見たくはなかったけど、足元を見ると地面と見つめ合う蔵ノ介くんが。
こういうのってどうすれば良いの?笑った方が良いのかな…。で、でも、もしかしたら蔵ノ介くんはすごく繊細な人かもしれない。もしもそうだったら、ここであたしが笑ったら蔵ノ介くんは傷付くに決まってる。

「だ、大丈夫…?」
「あかん!」
「ひゃっ!?」
「そこは大いに笑う所やろ!」
「わ、笑って良かったの?」

「当たり前や!」と大声で指摘されて、思わず肩をすくめる。蔵ノ介くんの話によれば、ここの門はボケて通れ!みたいなことになってるらしくて、殆どの人はボケて通るんだとか。そんな、なんてハードな学校なの、ここは!

「せやけど、怒鳴ってしもうてすまんかったな。」
「ううん、別に、」
「それなら良かったわ。おおきに。」

それから蔵ノ介くんと一緒に職員室に向かうと、中に居た先生に呼ばれて蔵ノ介くんと別れた。そうして先生からの説明で初めて正門の話を聞いたあたしは、もっと早く教えてほしかったと切実に思う。
よく考えたらあそこで笑ってもらえなかった蔵ノ介は、普通に転んで笑われるよりも恥ずかしかったんじゃないかって、考えれば考えるほど罪悪感が募っていく。今更だってことくらいわかってるけど。

「先生が呼んだら入って来てな?」
「はい。」

先生との話が終わるのとほぼ同時にチャイムがなって、あたしは先生と一緒に教室に向かった。先生が呼んだら入る、なんてサプライズじみたことはしなくて良いと思う。だからといって、少しだけウキウキしてるように見える先生にそんなことは言えない。言う気すらない。

そして先生に呼ばれたあたしは適当な自己紹介をして。席に着けば当たり前のように周りから話し掛けられるあたしに、突然誰かが肩を叩いてきた。

「…あ、」
「同じクラスなんやな。よろしく。」
「よろしく」

肩を叩いてきた張本人である蔵ノ介くんが綺麗に包帯が巻かれた左手を差し出して微笑むから、あたしもその手を握って微笑む。家でも学校でもこの爽やかで美しい笑顔を見れるなんて幸せ!



  →ニコッと微笑む
     彼のおかげで自然と笑みが溢れ出す




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