好きや、それが理由 | ナノ


V


食事を済ませて玄関に行くと、光はすぐにあたしの前にしゃがみ込んでブーツの靴紐を縛ってくれる。実は、小さい頃から執事かついていたせいか、あたしはリボン結びというやつが出来ない。昔、光のお父さんがあたしの執事をやっていた時に教えてもらった記憶はあるけれど、リボン結びの記憶はさっぱり。それに、

「ねぇ、今度リボン結び教えて。」
「は?嫌や。」

という感じで、光は全く教えてくれる気配がない。なんでも、あたしが覚えちゃったら自分で結ぶからそれが気に食わないとかなんとか。なんかよくわからないけれど、光があたしの靴紐を自ら結びたいと思ってるならそれでいいや、と自己解決した。
その間にも光は靴紐を結び終えていて、いつも通りの綺麗な結び方に感動、と少しの悔しさを覚える。なんでも出来るのか、この男は。
ここまできたらお察しの通りとでも言うべきか、当たり前のように荷物は光が持っている。持たせてなんて言っても持たせてくれないのはわかってるから、もう何も言うまい。

「ほな、行きますよ、お嬢様。」
「っ、ばーかばーか!!」

光に言われ慣れていない“お嬢様”という言葉の所為か、それともたまにしか見れない光の優しい笑顔の所為か。一気に赤面したあたしは、それを隠すように暴言を投げつけた。きっと光にはそんなことも全てお見通しなんだろうけど。
光がドアを開けるのに合わせて車に乗り込めば、ドアを閉めた後に反対側から光が入ってきた。それから、手にぬくもり。

「えっと、これは付きっきりってやつのオプションか何か?」
「……そういうオプションが欲しいんやったら付けたるで。」
「い、いや!そうじゃなくて!」
「ほな黙っとけ。」
「……光の意志、ってことで良いんだよね?」

光の顔を覗き込むようにそう言えば、顔を(耳まで)真っ赤にした光があたしの顔を両手で掴んで強制的に180°方向転換させた。首が痛いけれど、それ以上に面白い光の行動にくすくす笑えば、後頭部に衝撃が走る。お嬢様なのに執事に殴られるって、一体どういうことだろう。
結局、光はそれから学校に着くまで何も話すことはなく、あたしの手も放してはくれなかった。

学校に着くと、先に車から降りた光がドアを開けてくれて、光に手を引かれながら歩き出す。と、ほぼ同時に私たちは人混みに飲みこまれた。学校に居る数少ない友達が教えてくれたんだけど、これが俗に言うファンクラブというものらしい。迷惑極まりない。

「名無しさん様、おはようございます!」
「あ、お、おはよう……」
「今日もお綺麗ですね!」
「名無しさん様、写真を撮らせてください!」
「あ、え、えっと、」
「名無しさん様、握手してー!!!」

男も女も、クラスも学年も、生徒も教師も、知ってるも知らないも関係ない。学校中のありとあらゆる人に囲まれて、真っ直ぐ前に進むことすら敵わないなんて人間って恐ろしい。人が増えるのと比例して、光の機嫌が悪くなっていくもんだから、もっと恐ろしい。
光に手を引かれながら歩いてるわけだけど、その手から光の怒りみたいなものが伝わってくる。どうして周りのみんなはそれに気が付いてくれないんだろう。

「道開けろや、アホ共が。名無しさんお嬢様が通られへんやろ。文句ある奴は俺が相手するで。」
「光、そこまで喧嘩腰にならなくても……。」
「あ、名無しさんの写真やったら、俺が1枚千円で売ったるわ。その代わり、隠し撮りなんかしとったら、どうなるかわからへんとは言わせへんで。」
「(それはボッタクリじゃ……、)」
「握手は手袋越しや。素手は認めへん。とりあえず鬱陶しいから並べ。」

そう言うと、光はあたしに真っ白の手袋を差し出してきた。と、ほぼ同時に、今まで通れないほどあたしの周りを囲んでいた人たちみんなが、あたしの前に一列に並ぶ。そこで改めて、光ってすごいなぁ、と感心してしまった。即座に一列に並べるみんなもすごいと思うけど。
そこからは握手会みたいなものが始まってしまって、あたしはみんなに「おはよう」と握手しながら挨拶する羽目に。さっきよりはマシだけど、これもこれでどうなんだろう。すぐ横に居る光は、握手をしていない方のあたしの手をしっかりと握っている。

「何かあったら困るやろ。」
「あ、ありがと。」

目を合わせずにそう言うということは、照れてるということなんだろうけど、そんな可愛い光にあたしも照れてしまって何も言えない。とりあえず、それを口に出したら何を言われるかわかったもんじゃないから、心の中にしまっておくことにした。




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