銀魂短編 | ナノ
 クリスマス=赤


「へェ……クリスマスだから女と遊ぶために仕事休ませろたァ、いい度胸じゃねェか。」



目の前の男はギロリと殺さんとばかりの目で睨みつけ―――だからと言って大して怖くはないが―――それから、その男は煙草を咥えた状態で、般若のような“笑み”を向けた。けれど、額に浮かぶ青筋と、先程から摂取している大量のニコチンの灰と煙が、男の怒りを表している。



「クリスマスみたいな日に限って事件が多いのは知ってるよなァ、総悟?」

「……わかってまさァ。」



だから、この人には言いたくなかったのに。
総悟、と呼ばれた少年のような青年のような男は、そう心の中で呟きながらも拳を握りしめるだけで特に反抗はしなかった。というより、反抗できないのだ。
今ここで土方さんを殺しちまうこともできなくはねェが、そんなことしちまったら名無しさんが怒るに決まってる。……くそ。
今すぐにでもこの目の前の男、土方に痛い目を見せてやりたい総悟だが、自分の愛する彼女―――名無しさんの姿が頭を過り、踏み出すことができない。



「……でも“俺は”好きになった女くらい大切にしてやりたいんでィ。」

「ッ……」



きっと二人の思い浮かべた顔が同じ人物の物だったのだろう。真剣な目で土方を見る総悟に対し、土方は総悟に苦い顔をした。それから一言「俺みてェな男になるなよ、総悟。」と。直接的に良いとは言わなかった。けれど、分かり難い愛情表現の言葉を残して立ち去ろうとする土方の言葉を一瞬で汲み取る。
姉上……土方さん呪い殺してくだせェ。
その愛情表現に少しばかり鳥肌の立った腕をさすりながらそう思い、それから総悟は小さく吹き出した。



「言われなくても、マヨラーにはなりやせんぜィ。」

「そっちじゃねェ!」



土方の怒声を背中に浴びながら、総悟は誰にも見られないように笑顔を浮かべた。
彼女、名無しさんとデートするのはいつぶりだろうか。職業柄、会うこと自体は―――見回りの間にこっそりと抜ければいいだけなので―――難しくないのだが、こうやってデートという形でちゃんと会えるのは滅多にない。
土方さんに借りみてェなもん作るのは気に食わねェが、まァ仕方ねェか。
ポツリ、呟かれたその言葉は誰にも聞かれることなく空を舞った。





「っていうわけで、アンタの為に時間空けたんだ。答えはYESしか受け取らねェぜ。」



24日の朝、総悟はいつものように名無しさんの家に向かった。そして発せられた言葉に、総悟の目の前の少女―――名無しさんは、一瞬目を大きく見開いた後にニコリと微笑む。敢えて当日まで言わずに驚かせようとする総悟の作戦は成功したようだ。



「時間、本当に作ってくれたんだ。」

「当たり前でィ。男に二言はねェぜ。」

「大丈夫?怒られたりしなかった?」

「大丈夫でさァ。あんなの、痛くも痒くもねェ。」

「そう、ありがとう。」



そう言ってまたもニコリと微笑んだ名無しさんに、総悟は顔を赤らめて、フイと反らすが、それを見透かしているように名無しさんは笑顔を絶やさない。それが何だか悔しくて「で、返事はどうなんでィ。」と、総悟は話を逸らした。
YESしか受け取らないんじゃなかったの?という名無しさんの言葉に、またも悔しさを覚えることとなったが。



「で、何処に行きたいんでィ?」

「……と、言いますと?」

「クリスマスに総悟と行けたら良いね!とか何
とか言ってただろ。」

「あ、あれ、覚えててくれたんだ?」

「当たり前ってんだ。」



そう言ってドヤ、と名無しさんを見る総悟に対し、名無しさんは満面の笑みで総悟に抱き着く。ありがとう、という名無しさんの言葉が総悟に届いているかどうかは定かではない。



それにしてもこの光景はどうなんだろうか、と総悟はふと考えた。
クリスマスに、若いカップルが、何で団子屋?



「やっぱりおいしい!ここのお店は絶対おいしそうだと思ったんだよね!」

「……あァ、美味い。」

「でしょ!あたしの勘ってばよく当たるんだ!」

「へェ、良かったじゃねェか。」

「…………え、えっと……何か不満だった……?」



思わず感情が素直に出てしまう総悟に、名無しさんは一瞬悲しそうな顔をした。
このお団子、口に合わなかったのかな。それとも行きつけで、よく食べてるのかな。あ、も、もしかしてお団子が嫌いだったのかな。クリスマスだからもっと明るいところに行きたいとか言うべきだったのかな。……あたしといるの、楽しくなかったかな。
考えるほど深みに嵌る名無しさんの気持ちに感付いたのか、総悟はふと溜息を零す。



「何て顔してやがんでィ。別に団子は嫌いじゃねェし、俺も丁度この店に来てみたかったんだ、名無しさんと始めてこれて良かった。まぁクリスマスにしては不向きかもしれねェが、こっちの方が空いてて好きでさァ。」

「……じゃあ、何でそんな口数少ないの?」

「そりゃ、食べてる時に沢山話せってのが無理な注文でィ。ま、強いて言うなら、漫画とかドラマのヒロインってのはもっと表情豊かってんだ。」

「あの、つまり?」



―――こういうことでさァ。
そう言う総悟の言葉を理解する前に、軽いリップ音が静かな団子屋に響いた。



(111214)


[ 2/2 ]

index|→