The moon is so clear. 1 [ 8/9 ]

※性転換注意


「私の考えていることが分からない?」
「そうなの!」

食器を洗っていた私に、銀髪ショートの女の子が詰め寄る。
つい最近この事務所に迷いこんだこの子。
なんと、別の世界で生きる女の子ver.のダンテだそうだ。

「鈴ったらね、私のこと好きって言ってくれないの。迫っても言わないって言うし」
「それは、日本人だからじゃない?」
「日本人だから?」

怪訝な顔をする彼女に、苦笑する。
しかも彼女の恋人が男ver.の私だと言うからなおのこと驚きを隠せない。
世の中不思議なこともあるものだ。

「日本ではね、愛してるとか、好きだってのは言わなくても分かることなんだよ」
「なんで?言わないと分からないこともあるんだよ?」
「うーん……表に出すことが恥ずかしいからかな?」
「恥ずかしい?たった3つの言葉が?」
「うーん……」

苦笑が止まらない。
これはどうやらお国柄と言うものの部類だ。
理解しろと言うのが難しいだろう。

「口にしないだけで、私のことだからちゃんと好きだとか思ってると思うよ」
「だって鈴、私のこと可愛いとも言ってくれないの。私って魅力ないのかな?」
「いや」

彼女の上から下に視線を動かす。
綺麗な薄氷色の瞳、きめ細やかでしっとりとした肌、煌めくような銀糸の髪、桃色に染まる頬に潤いを持つ唇、さらに蠱惑な曲線を描く艶やかな体つき。
同性の私でも見とれるような、ため息をつきたくなるほどの魅力の持ち主だ。

「魅力たっぷりでしょ」
「そうかな?」
「私が男ならほっとかないくらい」
「本当?」
「本当」
「同じ鈴が言うんなら本当かもね」

くすりと彼女は笑う。
で、こんな可愛い女の子を困らせている『私』は、どこに行ってるのかしら?

「ただいまー」
「あ!」
「噂をすればなんとやらね」

蛇口から出る水を止めて手を拭いて、女の子のダンテ――紛らわしいのでダニエラと呼ばせてもらっている――と一緒に事務所へ顔を出す。

「鈴おかえりー!」
「ただいま」

ダニエラが飛び付いたのは、銀色の髪の男の子。
どうやら彼が、私の男ver.らしい。
その横にいるのは、私のよく知る、幼馴染みのダンテ。

「ほら」
「ん。どうだった?」
「特に面白いこともなかった」
「あら。『私』とのデートなのに?」
「俺にはお前が一番ってことだ」
「ふふっ。リップサービスが……」
「愛してる」

帰ってきたダンテのコートを受け取って会話をしていると、横からの言葉に一気に気を取られた。
見ればダニエラが男の私――便宜上鈴介と呼んでいる――に抱きついて、見つめあっている。

「おう」
「愛してる」
「知ってる」
「そうじゃないの」
「いきなりどうしたんだ?」
「愛してるって言ってよ」
「……何でそんなこと言わなきゃならないんだ?」

鈴介の眉間に皺が寄る。
ダンテが二人に近づこうとしたが、その腕を掴んだ。

「そんなことって、そんなことじゃないよ!」
「今ここで言わなきゃダメなのか?」
「そう!」
「はぁ……勘弁してくれ」
「勘弁って、どういうこと?」
「落ち着け」

ため息をついて首をふる鈴介にすがるようなダニエラの間にダンテが割って入る。

「痴話喧嘩なら外でやってくれ。犬も食わねぇよ」
「喧嘩じゃ」
「俺部屋の片付けしてくる」
「ちょっと!」

するりとダニエラの腕を掻い潜って、鈴介が荷物を持って二階へと上がる。
残されたダニエラの目には、涙が浮かんでいた。

「ダニエラ……」
「鈴……」

頭一つ分ほど高いダニエラに手を伸ばし、そっと涙を拭う。
困ってダンテを見れば、はぁ、とため息をつかれた。

「若いな、お前等」
「若いって何?」
「あの鈴と幼馴染みなら、あいつの考え方はちょっとは分かるじゃないのか?」
「言ってくれないから分からないもの」
「はぁ。鈴、お前どんな時に愛をささやく?」
「は?」
「愛してるだとか、好きだとか」

いきなりの質問に目を瞬かせるが、質問に答えるべく頭を巡らせる。

「そうね……気持ちが高ぶった時、かな?」
「なんでだ?」
「だって、思ってもいないのに吐く言葉って、空っぽの言葉じゃない。そんな言葉、相手に伝えたくないわよ」
「じゃあ、口にしないのは?」
「思っていることをわざわざ口にするのは野暮ってものよ。行動や仕草で感じ取らせるのが粋ってものじゃない」
「だ、そうだ」

考えるようにダニエラは俯くと、黙って二階へと上がってしまった。
ダンテと顔を見合わせて、息を吐く。

「上手く行くといいわね」
「そうだな。ところで、鈴が俺に愛を囁いてくれないのがそれが原因か?」
「まさか。でもね……」
「ん?」

二階を見つめて、そっと目を細める。

「伝えたい言葉は伝えておかないと、後悔することになるのは『私』なら分かっているはずなのに」
「…………」
「ダニエラちゃんのことを縛りたくないんだろうね。きっと。いつでも離れてもいいように抱きしめないんだ」
「『俺』が離れてもいいってことか?」
「ダニエラちゃんを思うから、だよ」

ゆるり、目を閉じて、そっと瞼を開く。

「思うから、幸せになってほしいから、言わないんだ」

ダンテの手が伸び、私を引き寄せて大きい腕で包み込む。

「お前も、そう思うのか?」
「…………」

無言で目を閉じると、ダンテの手が頭を撫で、髪に口付けをひとつ落とす。

「俺の幸せは……」
「言わないで」
「……鈴」
「言わないで」

そっと、ダンテのベストを握りしめる。
ダンテの腕の中は、温かい。
ふと窓の外を見ると、綺麗な満月が、空に浮かんでいる。
それを伝えるために、唇を開いたのだった。



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