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甘え方をご存知ですか
 
 新しい部下を入隊させたそうじゃないか。それは最近よく言われる言葉だ。
 鈴谷が俺の隊に入隊した噂は風のようにボーダー内を駆け回り、もはや知らない人はいないのではないかという程であった。
 現に風間さんをはじめとして、東さん、忍田さんと様々な人からの第一声がそれであるのだ。
 確かに、A級1位に上り詰めた太刀川隊に突然入隊するということは傍目からみればかなりの出世と言えただろう。初めは出水に推されたからという理由が多かった入隊も、実際に蓋を開けてみれば太刀川隊誰もが納得できる入隊となっていたのだ。
 
「?」
 
 ミーティングをするから隊室へ集合。
 目的を果たすために隊室へ足を運んでいた俺は、そこで一人の人間が入口付近で座り込んでいるのが見えた。
 最近入隊したばかりの新入り。出水の幼馴染で外見は完全な不良と言えるそいつ、鈴谷は学生鞄の上に座り込み、棒つきキャンディーを咥えたままケータイを弄っていた。
 その様子が夜のコンビニ前であれば典型的だと言えたものの、此処は太刀川隊の隊室前だ。既に鈴谷が隊員となり1週間が経つ今、眼前に広がる光景に疑問を抱かざるを得なかった。
 どうしたのだと声を掛けようか、しかし、1週間という時が流れたのにも関わらず、俺と鈴谷の関係は希薄であり、上司と部下という関係性だけが前に出ている今、どう声を掛けようかとすら悩んでしまう。
 これが出水であればまた違ったのだろう。国近であれば遠慮もなく踏み込むことが出来たのだろう。
 
「(なんか、情けないな)」
 
 自隊に所属する年下が人見知りしないタイプばかりであったため、近づくなオーラの出ている鈴谷に躊躇してしまうなんて、我ながら情けない。
 実力は既に知っている。今更入隊を否定している訳ではなく、寧ろ、歓迎している側だというのにも関わらず、年下の彼との接触から逃げようとする俺が居た。
 しかし、このままこの場で立ち竦んでいる俺も傍からみれば不自然極まりない。鈴谷と仲良くなるためにも近づくべきなのだろう。一歩を踏み出し鈴谷との距離を詰めた時であった。隊室から国近と出水の笑い声が聞こえてくるのだ。
 それはよくある光景で、どうせ出水が国近に進められて一緒にゲームでもしているのだろう。その様子が容易に想像できて、自然と苦笑いを浮かべてしまう。
 隊室に入るなりミーティングというものは無くなり、2人に混ざってゲームをする羽目になるのだろう。
 そこでふと、我に返った。
 和やかな雰囲気が漂う今、なぜ鈴谷は隊室に足を踏み入れないのだろうと。
 
「あ、」
「!」
 
 またまた立ち止ってしまった俺の存在に気付いたのか、鈴谷はケータイからこちらに向けて顔を上げる。その時の彼の気まずい顔つきを見て、俺は今の現状の意味を遅れて理解するのだった。
 
「はよう」
 
 無言で居るのが忍びなくて慌てて声を掛けた。そんな俺を見て、鈴谷は小さく頭を垂れるのだ。
 
「中に入るのが気まずいのか?」
「!」
「そんな顔をしてるぞ」
 
 恐らく鈴谷は二人の間に割って入ることを躊躇したのだろう。
 出水と国近であれば明るく鈴谷を出迎えてゲームを誘うのだろうが、鈴谷は自分が乱入することで穏やかな時間を壊すのでないかと考えたのかもしれない。
 切れ長の目を見引いた鈴谷は無言で俺から顔を背けた。明るい髪色の隙間から見えた耳がほんのりと朱に色づく様子を見て、図星であることを悟るのだ。
 
「てっきり国近しか居ないのだとばかり思っていたのだが、ふーん、成る程ねえ」
「……なに」
「いや? ただ、思っていたよりも鈴谷が素直で可愛いなって思ってさ」
 
 今までは出水か国近のどちらかが居る状況でしか鈴谷と関わったことが無かった。女子に免疫がないのか、距離を詰める国近に引き腰になる姿が見られて苦手なのかと考えていただけであったが、目の前の男は自分が思っていたよりも分かりやすく、素直だ。
 俺の言葉が気に入らなかったようで、立ち上がった鈴谷はやり場のない苛立ちを棒つきキャンディーに当てているようだった。噛み砕かれたキャンディーの無残な姿を想像しながら鈴谷の様子を見ていれば、此方を見上げる鋭い瞳と視線が交わる。
 
「勘違いすんなよ、おっさん」
「! お、おっさんて」
「俺はあんたが考えてるようなこと、思ってないから」
 
 乱暴に吐き捨てた後、唖然とする俺を放って鈴谷は隊室の扉を潜るのだ。刹那、国近と出水が鈴谷に絡む声が聞こえてくる。それに対して曖昧な相槌を打つ鈴谷の声が聞こえてきて、俺は吹き出すようにして笑ってしまう。
 今であったら年下の彼に対して抱いていた苦手意識が嘘のように感じられるのだ。

甘え方をご存知ですか
20160115