世界はときどき僕に優しい | ナノ


口説き文句はシンプルに
 
 少しだけ、昔話をしてみようと思う。
 昔と言ってもそこまで昔に遡る訳でもなく、俺が隊長として一つの部隊を引っ張っていく、そう決まってからの話だ。
 当時の俺は誰かの上に立ち指揮をする。そんな自分を思い浮かべることが出来ていなかった。
 誰かと戦うのは好きな故に、もっとと高みを目指した結果、隊長へと声を掛けられた。まだまだ学生で青臭さの残る男の一人だと自負していた手前、そんなお誘いに目を見開き瞬いてみせたものだ。いつもより穏やかな表情の忍田さんから声を掛けられて、驚いたのを今でも思い出すことが出来た。
 ――しかし、今ではその勧誘が自分にとっての転機になり、今まで以上にボーダーとしての活躍に幅が広がる結果と言えただろう。
 そう、あの時までは。
 
「太刀川さん! こいつっす。こいつも是非、俺らの部隊に入れましょうよ」
 
 ある日、俺の隊のメンバーである出水がいつもの笑顔で提案を持ちかけてきた。その提案というものが、太刀川隊のメンバー増員についてだ。
 戦術の幅を広げる為、そして今以上にランク戦で勝利をもぎ取る為、当時から薄々考えていたものの、俺たちの隊に似合うカラーの持ち主を見つけられないでいたことでそれ以上話が進むことがなかったのだ。そんな時に、出水が思い出したように声を上げたのだ。一人だけ、心当たりがあると。
 その時の出水はこう言葉をつづけた。その人物は出水からみた幼馴染であり、生まれつきもった運動神経では出水の上をいく人物であると。
 既に太刀川隊の片棒を担う出水からの推薦に俺とオペレーターである国近は歓喜を隠せないでいた。
 さっそく連れてこいと声を掛けたのが昨日。そして、出水が引っ張ってきたのが今先程なのだ。
 初めに目を引いたのは明るすぎる髪色だろう。人工的に染められた短い金髪をしたそいつは、切れ長の目を見開き僅かに慌てふためいている様子が見られた。
 髪の隙間から見える形の良い耳を占める金属アクセサリー。ボーダー内である意味有名であった男が如実として目の前に現れたことで俺と国近は言葉を失ったに等しかった。
 ――鈴谷涼。
 最近ボーダーへ入隊してきた一匹狼。不良という言葉が綺麗にあてはまる男は影浦を彷彿させるように数々の問題を起こしていた。しかし、実力は忍田さんですら舌を巻いた程だと聞く。
 鈴谷は出水の言葉に更に目を見開いていた。眉根を寄せて険しい顔つきの様子に本人ですら知らされていなかったことが明るみになる。
 
「はあ? 聞いてねえけど」
「だって言ったら逃げただろ、お前」
「フツー逃げるだろうが。興味ねえって」
 
 綺麗な容姿から髪色や服装を変えればさぞ好青年に見える男は出水の言葉に咥えていた棒つきキャンディーを噛み砕いた。それでも笑顔を保ったままの出水を見れば、このやり取りは既に慣れたものなのかもしれないという考えに至るのだ。
 半ば呆気にとられれていた俺を放置して、先に我に返った国近が鈴谷に詰め寄る。物怖じしない様子に我ながら勇敢なオペレーターを持ったものだと感心してしまった。
 
「ねえ、鈴谷くんよね?」
「……そうっすけど」
 
 詰め寄られたことに動揺を隠せない鈴谷は国近の言葉に小さく返事をした。
 
「話に聞いていたけど、きみはソロで活動したいんでしょう? けれど、ソロで活躍するには中々骨が折れると思わない?」
「……」
「こう見えてウチの隊長も中々の凄腕だし、きっときみが今以上に暴れられる場所が提供出来ると思うんだけど」
 
 “活躍”とは言わず、あえて“暴れられる”と表現したのは少しでも馴染みやすいようにと考えた国近の配慮と言えた。
 出水はそんな勧誘文句に大きく首を振って肯定を示し、自隊への勧誘を続けるのだ。
直接の実力を見たことがないものの、出水が引きつれてきた時点で中々の腕とみて間違いないだろう。何も言わずに連れてきたのは鈴谷の素行や性格を考えれば一人で説得するよりも複数人で説得することで効果が得られると考えたに違いない。
 風間さんの隊とは違って、ウチは割と単独行動が目立つ隊となる。それを踏まえれば、個々に実力のある隊員を自隊へ勧誘することは最良の選択と言えるのだろう。
 
「鈴谷涼だよな。忍田さんから聞いたことがある」
 
 鈴谷がやって来てから俺は初めて口を開いた。
 そんな俺に鋭い視線を向けたそいつの顔を改めてみると、整った容姿に少しだけ驚いてしまう。
 なに、と一言。鈴谷の放った愛想のない声が耳によく馴染んだ。
 
「俺らの実力を知ってからでも入隊をするかしないか考えてもらって構わない。ただ、国近も出水も言う通り、お前が入隊をした暁には今以上に暴れさせてやるよ」
 
 へらりと笑った俺に国近が格好良いと間の抜けた声で揶揄する。
 自分よりも低い背の鈴谷を見れば、鈴谷も俺を見ているのが感じられて、鋭い瞳に映る自分の姿を見てざわりと胸中が荒れるのを感じた。
 
「……分かった。そこまでいうなら入隊する」
 
 僅かに、ほんの僅かに緩められた口元を見れば、出水が自隊に引き込もうとしたのは、実力云々以前に、鈴谷のことを心配していたからなのではないだろうかと考えてしまった。
 一瞬過ったその考えが間違いではないことは後々知ることになるのだ。
 
 
口説き文句はシンプルに
 
甘くする予定の連載です。
太刀川からでろでろに愛されちゃってください。
20160113